母が逝ってから父とわたしは二人暮し。父と母と兄とわたしの四人家族のうち、父とわたしの仲はすこぶる悪い。兄が結婚を機に家を出て、母が急逝して、一番仲の悪い二人が残されて暮らすことになってしまった。四人で暮らしていたうちは母や兄が緩衝作用をしてくれて摩擦は避けられていたが、二人きりになってからというもの険悪さは赤裸々になっていった。お互い、物静かな性格だから取っ組み合いや言い争いなどはしない。ひたすら無視しあうばかりの冷戦となる、陰湿なこと、この上ない。どうしても伝達が必要な場合は筆談いや、メモを置くということになる。
「あのさ、お前の言い分もわかるけれど、お前の半分、お父さんなんだよ」
兄がぽつりと電話越しに言った。
「お前がののしっているお父さんはお前の『半分』なんだよ。それにおれの『半分』でもあるんだよ。自分の『半分』をののしって嫌って気持良いか?おれの『半分』は嫌いか?」
わたしの『半分』はお父さん。大好きなお兄ちゃんの『半分』はお父さん。お父さんを厭うことは自分の『半分』を厭うこと。お父さんをぞんざいにすること大好きな兄の『半分』をぞんざいにすること。
「お父さんをもっと優しくしてやれよ。おれのお父さんでもあるんだからさ」。
心のうんと奥で凝り固まっていた何かがすっと溶けた。父に優しく言葉をかけたらわたしの『半分』も優しくされたようで気持良い。わたしの『半分』が喜んでいる。父を大切にすることは自分自身を大切にするにすること、大好きな家族を大切にすること。
親子、この不思議なつながりを大切にしたいと思う。そうして父との暮らしを丁寧に重ねていきたい。