35年前の春、私は、結婚した。その半年前に、式の日が来まり、会社に勤めながら、特に、休日は、準備に多忙だった。
大正14年生まれの父は、仕事一途の、厳しい人で、外では、愛想がすこぶる良い銀行員の顔が、家では無口な無表情で、3人の子供にも、かまうことはなかった。
長子の私は、そんな父を、いつも内心「この人は他人やろか…。冷たくて怖いだけの人やなあ…。もっと優しくして欲しいのに…。」と思っていた。水臭かった。
しかし、式が間近に迫った頃、父は照れながら「まゆみ、次の日曜日、釣りにいかんか。」と問う。びっくりした。父が、そして父から私を誘うなんて、初めてのことだった。
私は、釣りなどしたこともないし、父の趣味に「何で一緒に行かんとあかんの…。」と、ちょっと腹も立った。「嫌…。」と、即、断った。だが、次は母を介して、私を誘った。小声で母は「デートしてあげて…。」と笑った。
当日は快晴。車で駅近くに降り、そこから険しい山道を、30分以上歩く。「カバン持つわ。」と珍しく父は、私の荷、全てを持つ。「大丈夫かあ、道ですべるなよぉ…。」と優しく、とても変に思えた。
やっと磯に着くと、自分が釣りたいだろうに、父は私の横で、私につきっきりでいた。エサも針につけてくれ、私が、小さい魚を釣りあげると、「やったねー。」と、歓声をあげて、拍手した。初めて見る、優しい姿だった。他に誰もおらず、一日を、父と過ごした。
昔気質の人だから、式でも涙は見せず、気丈だった。けれど、あの一日で、私は、父のぬくもりと、愛情を、いっぱい感じた。嫁ぐ前の、父と娘の、思い出作りだった。