そんなある晩のこと。いつも娘の右側で寝ていた私は、たまたま左側で眠っていた。娘が動く気配で目が覚めると、娘が右側にいるパパの方に転がっていくのが目に入った。そしてパパの耳たぶを触り始めたのである。あれ?と思った瞬間、娘の手がとまり、目がはっと見開かれるのが分かった。右、左、ときょろきょろ頭を動かすと、あわてて私の方に寄ってきて、耳たぶを触り始めたのである。
--娘は、私と主人をまちがえたのだ。でも耳たぶの感触ですぐに気づいたのだろう。安心しきった娘の寝顔を見ながら、おかしくて思わずふきだしてしまった。
娘に耳たぶをゆだねている時は、なぜか母乳をあげていた時と同じ気持ちになれた。肌と肌が触れあう温かさ、ぬくもり。求められる嬉しさ、母としての喜び、無垢な優しさがじんわりと胸に広がっていく。
けれども、娘は私の耳たぶを卒業してしまった。遠慮がちに触っているなあと感じるようになったある晩、触りやすくしてあげようと頭の向きを変えた時、娘の指がふと離れた。そしてそれ以来、娘の指が私の耳たぶに触れることはなくなってしまった。
私が嫌がって向きを変えたと思ったのか?それとも卒乳の時のように、娘なりに時期を感じたのか?今だにそれは分からない。
「耳たぶなんて覚えてないよ。」と八才になった娘は笑う。それでも、私は決して忘れないだろう。あの頃耳たぶに感じていた小さなぬくもりを。ささやかな幸せの一時を。
--娘よ。すてきな思い出を残してくれてありがとう!