と、お父さんに言われた。このお父さん、実は妻のお父さんである。
僕は一瞬戸惑ったが、
「え、あ、はい」
と言いながらタオルを構え、お父さんの背中にあてがった。
初めてお父さんの背中というものに触れた。なんか丸っこくて大きい。そして何だかゴツゴツとしている。
上手に洗ってあげようと思えば思うほどうまくいかない。タオルがねじれてしまう。あれ、あれ? の繰り返しである。
今度はお父さんが僕の背中を洗ってくれるらしい。僕は静かにお父さんに背を向ける。
お父さんは、なんていうか、加減を知らない。すごく力強くて、体についている必要なものまで洗い流されてしまいそうな感じだった。
思わず僕は、身をよじってしまった。
「すまん」お父さんは申し訳なさそうに、「息子の背中を洗うのは難しいな」
物心のついたころから女手ひとつで育てられてきた。
我が家にお父さんのいないことを悲しがらなかったのは、お母さんの育てかたが上手だったからだと思う。溢れんばかりの愛を注いでくれたのでとても幸せだった。
だけどお父さんのことを思わなかった訳ではない。
(お父さんってどんな人?)
と考えるときもあった。
そのとき僕のイメージするものはどれも好感の持てないものばかりだった。無口。ガンコ。厳しい。正直、「お父さんは怖い」という印象しかなかった。
そんな僕にお父さんができたのは、僕が結婚をしたからだ。
妻の両親――中でもお父さんは僕にとって不思議な存在だった。格好なんてつけない。不器用だけどまっすぐ。褒められると照れ隠しする。大きなお世話なことばかりする。
お父さんの印象が変わった。
「お父さんも自分に息子ができたこと、とても嬉しく思っているよ。今まで女家族だったからね。これから息子にいっぱい何かしたいんじゃないかな」
妻の言葉を思いだす。その何かしたいことのひとつを成し遂げられたのが素直に嬉しい。