そんな折、父の母親である私の祖母が認知症の症状がひどくなり、施設に入院することとなった。九十近い祖母は家族の顔はすっかり忘れ、孫の私のことはもちろん自分の生んだ息子のこともおぼろげになっていた。祖母の入院する施設に父と私で会いに行った。父の顔を見ても、恭しくお辞儀をするだけの祖母。父は何と声をかけたらよいか迷っているようだった。無言の時間がどれだけ続いただろう。父は自分の汚れたズボンのポケットから例のはちまきを取り出した。そして、そっと、祖母の真っ白な頭に巻いてやった。「気持ちで勝負だよ、母ちゃん。ここに味方がいるぞ。家族はいつでも母ちゃんの味方なんだよ。」
そう、声をかける父の目には涙がにじんでいた。私は後ろで声を押し殺して泣いた。祖母はやわらかく微笑んでそのはちまきを触っていた。