若いころの私は、父とは気が合わず、憎んだこともあった。家にいるときは気難しい顔しかしていないような記憶しかない。 でも、今は笑っている父の顔ばかりがうかんでくる。
「何もしてやれなかった・・」と思った瞬間、父の顔が見えなくなった。 埃を払った同じ手で今度は自分の涙を拭いていた。
私には母にも兄たちにも言っていない父からの手紙がある。家を離れて仕事のため海外に行っていた半年間に父が書き送ってくれたものだ。
その手紙を読みたくなった。 無性に父の字が見たくなった。 箪笥の中のアルバムの間にそれらは挟んである。写真屋の袋を開けると海外用の封筒に入った手紙が6通あった。 その内のひとつを取って読み始めると、みるみる涙で字が見えなくなった。
いかにも神経質そうな細かい字で書かれた手紙はどれも取るに足りない内容ばかりである。 母のこと、孫のこと、兄のこと、兄嫁のこと・・そして、みんな元気なこと。そして必ず「体に気をつけるように。」と結んである。
嫌いな父の手紙など捨ててしまえばよかったのに、捨てられなかった。捨てずによかったと思った。
私にとって父とは「好き」とか「嫌い」とか、そんな単純な存在ではなく、ただ ただ「大切な人」だったのだと気づいたのは、父は亡くなってからのことだった。