高校に近い駅までは電車で二十分余りかかる。ガタゴトと二両編成の電車に揺られてゆくのも良いものである。私は電車の旅が好きで、新幹線を利用するべきところでも好んで在来線を使う。
十二時十二分の電車に乗るつもりだったのだが、その少し前に別の電車がホームに入ってきた。アナウンスによれば、その電車は途中停まりらしい。周囲を見渡すと、私以外は全員、その電車に乗り込んだ。一人だけホームに取り残されるのも恥ずかしい気がして、慌てて乗り込む。
まもなく発車し、十数分後、私は目的地よりは数駅手前の駅で降りた。乗客は皆、急ぎ足で駅舎を後にしてゆく。私は一人、陸橋を渡り向かいのホームへ渡った。もちろん、誰もいない。携帯で時間を確認したら、本来乗るはずだった電車が来るまでは三十分もあった。
気温はとうに三十度を超えている。ホームには幾つかの椅子があり、簡素な屋根もついているが、この暑さを幾ばくかは防いでくれるものの、足下からは熱風が舞い上がってくる。こんなことなら、多少恥ずかしくとも最寄り駅で大人しく待って直通電車に乗れば良かった。後悔しても既に遅い。
大きな溜息をついたその時、ハッとした。眼前に伸びた線路の上をトンボが二匹、仲良く戯れるように飛んでいる。午後の陽射しが真っすぐに続くレールを銀色に鈍く光らせ、二匹のトンボたちはそのすぐ上を舞っていた。
何とも心和む光景に、頬が自然と緩む。すると、サァーッと涼やかな風が私の側を吹き抜けていった。切ったばかりの短い髪がわずかに暑さを孕んだ風に揺れる。
私はベンチに座り、バッグから持参した本を取り出した。本のページをめくっていると、今度はジージーと夏虫の声が響いてくる。駅の周囲は田んぼが多く、私の背後に青々とした田園風景が広がっている。ふと見れば、ベンチの後ろの柵の向こうには、グラジオラスらしい夏の花が群れ咲いていた。鮮やかな黄色の花が夏の太陽に負けないくらい眩しい。
もし途中下車することがなければ、当然ながら、これらの素敵な風景を見ることはできなかった。寄り道というと、無駄脚を踏むというイメージがある。けれど、時には寄り道も良いものだと、明るい陽射しの下で咲き誇る花たちを眺めながら思った。
三十分後、私は再び車中の人となっていた。ほんの些細な何気ない光景、ささやかな出来事だ。しかし、それが私には、その日、神様から貰ったサプライズプレゼントのように思えてならなかった。