小瓶を見ると思い出す。
小銭を見ると思い出す。
私のグレン・ミラーは当時びんぼうだった。
「逢いたいけれど汽車賃がない」
残念そうに電話が切れて。五分後にまたベルが鳴った。
「あったよ。ほら、ぼくの部屋のクリープの茶色い瓶覚えているだろ。あの小銭をさらったら名古屋までは行けそうだ」
「いつ?」
「今すぐだ」
東京→名古屋二時間。
姫路→名古屋二時間。
「よーいドンだぜ」
二人は名古屋駅前で醤油色したキシメンをすすると名古屋城まで歩きはじめた。
ぎんぎらぎんの城はさして印象に残っていないが、茶色の小瓶はそのときくっきりと私に印象づけられた。
「ねえ、ほんとにほんとう?」
「何が?」
「小瓶をひっくりかえしてでも私に逢いたかったこと」
「うーん、ひょっとしたらキシメンを食いたかったのかもしれない」
私はうす暗い喫茶店で彼のちぎれかけたボタンに糸切歯を当てているところだった。
「じゃあまたな」
私のグレン・ミラーはその日から行方不明になってしまった。
雨の日の電話つながりそうで切る