「そうです、汽車が、通っています。町からさびしい野原へ、野原から山の間を、休まずに通っています。その中に乗っている乗客は、たいてい遠いところへ旅をする人々でした。この人たちは、みんな疲れて居眠りをしています。けれど、汽車だけは休まずに走りつづけています。」と、下界のようすをくわしく知っている星は答えました。
「よく、そう体が疲れずに、汽車は走れたものだな。」と、運命の星は、頭をかしげました。
「その体が、堅い鉄で造られていますから、さまで応えないのです。」と、やさしい星がいいました。
これを聞くと、運命の星は、身動きをしました。そして、怖ろしくすごい光を発しました。なにか、自分の気にいらぬことがあったからです。
「そんなに堅固な、身のほどの知らない、鉄というものが、この宇宙に存在するのか? 俺は、そのことをすこしも知らなかった。」と、盲目の星はいいました。
鉄という、堅固なものが存在して、自分に反抗するように考えたからです。
このとき、やさしい星はいいました。
「すべてのものの運命をつかさどっているあなたに、なんで汽車が反抗できますものですか。汽車や、線路は、鉄で造られてはいますが、その月日のたつうちにはいつかはしらず、磨滅してしまうのです。みんな、あなたに征服されます。あなたをおそれないものはおそらく、この宇宙に、ただの一つもありますまい。」
これを聞くと、運命の星は、快げにほほえみました。そして、うなずいたのであります。
また、しばらく時が過ぎました。空に風が出たようです。だんだん暁が近づいてくることが知れました。
星たちは、しばらく、みんな黙っていましたが、このとき、ある星が、
「もう、ほかに変わったことがないか。」といいました。
ちょうど、このときまで、熱心に下の地球を見守っていましたやさしい星は、
「いま、二つの工場の煙突が、たがいに、どちらが毎日、早く鳴るかといって、いい争っているのです。」といいました。
「それは、おもしろいことだ。煙突がいい争っているのですか?」と、一つの星は、たずねました。
新開地にできた工場が、並び合って二つありました。一つの工場は紡績工場でありました。そして一つの工場は、製紙工場でありました。毎朝、五時に汽笛が鳴るのですが、いつもこの二つは前後して、同じ時刻に鳴るのでした。
二つの工場の屋根には、おのおの高い煙突が立っていました。星晴れのした寒い空に、二つは高く頭をもたげていましたが、この朝、昨日どちらの工場の汽笛が早く鳴ったかということについて、議論をしました。
「こちらの工場の汽笛が早く鳴った。」と、製紙工場の煙突は、いいました。
「いや、私のほうの工場の汽笛が早かった。」と、紡績工場の煙突はいいました。
結局、この争いは、果てしがつかなかったのです。
「今日は、どちらが早いかよく気をつけていろ!」と、製紙工場の煙突は、怒って、紡績工場の煙突に対っていいました。
「おまえも、よく気をつけていろ! しかし、二人では、この裁判はだめだ。だれか、たしかな証人がなくては、やはり、いい争いができて同じことだろう。」と、紡績工場の煙突はいいました。
「それも、そうだ。」
こういって、二つの煙突が話し合っていることを、空のやさしい星は、すべて聞いていたのであります。
「二つの煙突が、どちらの工場の汽笛が早いか、だれか、裁判するものをほしがっています。」と、やさしい星は、みんなに向かっていいました。
「だれか、工場のあたりに、それを裁判してやるようなものはないのか。」と、一つの星がいいました。
すると、あちらの方から、
「この寒い朝、そんなに早くから起きるものはないだろう。みんな床の中に、もぐり込んでいて、そんな汽笛の音に注意をするものはない。それを注意するのは、貧しい家に生まれて親の手助けをするために、早くから工場へいって働くような子供らばかりだ。」といった星がありました。
「そうです。あの貧しい家の二人の子供も、もう床の中で目をさましています。」と、やさしい星はいいました。
それから後も、やさしい星だけは、下の世界をじっと見守っていました。
姉も、弟も、床の中で目をさましていたのです。
「もうじき、夜が明けますね。」と、弟は、姉の方を向いていいました。
また、今日も電車の停留場へいって、新聞を売らねばならないのです。弟は昨夜、犬に追いかけられた夢を思い出していました。
「いま、じきに、製紙工場か、紡績工場かの汽笛が鳴ると、五時なんだから、それが鳴ったら、お起きなさいよ。姉さんは、もう起きてご飯の支度をするから。」と、姉はいいました。
このとき、すでに母親は起きていました。そして、姉さんのほうが起きて、お勝手もとへくると、
「今日は、たいへんに寒いから、もっと床の中にもぐっておいで。いまお母さんが、ご飯の支度して、できたら呼ぶから、それまで休んでおいでなさい。まだ、工場の汽笛が鳴らないのですよ。」と、お母さんはいわれました。
「お母さん、赤ちゃんは、よく眠っていますのね。」と、姉はいいました。
「寒いから、泣くんですよ。いまやっと眠入ったのです。」と、お母さんは、答えました。
姉さんのほうは、もう床にはいりませんでした。そして、お母さんのすることをてつだいました。
地の上は、真っ白に霜にとざされていました。けれど、もうそこここに、人の動く気がしたり、物音がしはじめました。星の光は、だんだんと減ってゆきました。そして、太陽が顔を出すには、まだすこし早かったのです。