波の如く去来す
小川未明
人間の幸不幸、それは一様ではない。十人が十人、皆それ/″\の悩みと楽しみとがある。
人間は苦悩に遭遇した時、「いつこの悩みから逃れられるのか?」と、
また別に「いくら働いても人間の生活はよくならぬ、人間は苦しみの為に生れて来たのだ。」と云う無産階級者の苦悩も、現在の社会制度が現在の儘であるならば、或は免れ難い苦悩であるかも知れぬが、これはその原因を明かにして、これに対応する理想と努力さえあれば、よりよき生活や社会が生れて来ることは確実になった。即ち経済的の苦悩はお互の努力によって歓喜の域に入ることが出来るであろう。
多くのことは、人の心の持方、人の境遇の転換によって、波の寄せるように、暗影と光明とを伴って一去一来しているのだ。この意味に於て、私は時が偉大な裁判者だと信ずるのである。