ちょうど、このとき、一人 の男 が、飛 び込 んできて、
「どれ、その根掛 けというのは。」といって、老人 に向 かって、手 を差 し出 しました。たがいに顔 なじみの間柄 である、商売仲間 だとわかりました。
「これだね。」と、老人 は、そばにあった小箱 のひきだしから、布 に包 んだ、青 い石 の根掛 けを出 して、男 に渡 しました。男 は、だまって熱心 に見 ていましたが、
「なるほど、いいひすいだなあ。」と、歎息 をもらしました。
私 は宝石 の話 だけに、油絵 から目 を放 して、そのほうに気 を取 られていたのです。
「どうだい、その色合 いは、たまらないだろうね。」と、老人 は、さも喜 ばしそうに笑 いました。
「こんな、いい石 があるものかなあ。」と、男 が見 とれていました。
「まったく、そうだ。」と、老人 は、自慢 らしく答 えました。
「いくらなら手放 すかな。」
「いや、これは、楽 しみに、持 っていようよ。」
「ふん、楽 しみにか。」と、男 は、冷笑 うように、いいました。
「いいものは、どうも売 り惜 しみがしてね。」
「持 っていて、どうなるもんでなし、もうかったら、手放 すもんだよ。さいわい、私 には見 せる口 があるのだ。」と、男 は、なかなか老人 に、渡 そうとしませんでした。老人 は、なんといっても笑 っていて返事 をしなかったので、男 は、ついに、それを返 して、
「じゃ、また出直 してこようか。」と、いって、しまいました。
なんという深 い青 さでしょう。見 ていると、玉 の中 から、雲 がわいてきます。どの玉 もみごとです。波濤 の起 こる、海 が映 ります。いったいこの美 しい宝石 をば、自分 の髪 の飾 りとしたのは、どんな女 かと空想 されるのでした。
「いや、商売 ですから、欲 しいものでも金 になれば手放 しますが、生涯 二度 と手 に入 らないと思 うものがありますよ。そんなときは損得 をはなれて、別 れがさびしいものです。なかなか金 というものが憎 らしくなりますよ。」と、老人 は、初対面 の客 である、私 にすら、つくづくと心境 を物語 ったのでした。この志 があればこそ、骨董屋 にもなったであろうが、この老人 のいうごとく、美 というものは、まったく金 には関係 のない存在 であると思 います。
話 がすこし横道 に入 りました。また、らんにもどりますが、これは、らん屋 で他 の人 が話 をしているのを聞 いたのでした。
大資産家 なら知 らず、そうでないものが、一万円 のらんを求 めるというのは、よほどの好者 ですね。それも全財産 をただの一鉢 のらんに換 えたというのですから、驚 くじゃありませんか。その人 は、時計屋 さんですが、金網 の箱 を造 って、その中 に、らんを入 れておいたというのです。白 い葉 に、白 い花 という、珍品 ですから無理 もありません。ところが、時計屋 さんは、仕事 も手 につかず、毎日 、らんの前 にすわって、腕 を組 んで、「いいなあ、いいなあ。」といっては、考 えていたというが、とうとう憂鬱病 にかかって、なにを思 ったか、らんを引 き抜 いて煎 じて飲 むと、自分 で頸 をくくって、死 んでしまったそうです。
「いや、その気持 ちがわかる。」と、一人 がいいました。
私 が、この話 をきいているうちに、神 さまにしかわからないものを人間 が知 ろうとして見 つめていたら、だれでも気 が狂 うだろうと思 いました。
だが、あの宝石 のもつ美 しい色 や、花 のもついい香 いというものは、神 さまにだけ支配 されるものでしょうか? たしかに、人間 の心 を喜 ばせるものにちがいありません。しかし、それを人間 が所有 することはできぬものでしょうか? なぜなら、人間 が自然 をすこしでも私 しようとするときは、そこに、こうした思 わぬ悲劇 が生 まれるからです。
「どれ、その
「これだね。」と、
「なるほど、いいひすいだなあ。」と、
「どうだい、その
「こんな、いい
「まったく、そうだ。」と、
「いくらなら
「いや、これは、
「ふん、
「いいものは、どうも
「
「じゃ、また
なんという
「いや、
「いや、その
だが、あの