ちょうど、春先 のことでした。友人 を訪 ねると、
「これは、故郷 から送 ってきた、らんの花 を漬 けたのだが、飲 んでみないか。」と、湯 に入 れて出 してくれました。
「らんの花 ?」
私 は、茶 わんの中 をのぞくと、白 いらんの花 がぱっと開 いて、忘 れがたい薫 りがしたのです。これを見 た、私 の胸 はとどろきました。
「君 、これは、どこのらんかね。」
「故郷 の山 にあるらんだよ。そこは、南傾斜 の深 い谷 になっていて、らんの花 のたくさんあるところだ。嶮 しいから、めったに人 がいかないが、春 いくと、じつにいい香 いがするそうだ。」
友 だちは、らんについて、無関心 のもののごとくただ故郷 の山 の美 しさを讃美 して、きかせたのであります。
私 がその山 へ、友 だちにも告 けずに、らんを探 しにいったのは、すぐ後 のことです。じつをいえば、矛盾 と恥 じますが、花 の美 にあこがれるよりは、一万円 に値 するらんを探 すためだったのです。
山 には、まだところどころに雪 が残 っていました。しかし五月 の半 ばでしたから、木々 のこずえは、生気 がみなぎって光沢 を帯 び、明 るい感 じがしました。谷 には、雪 があって、わずかに底 を流 れる水 の音 がしたけれど、その音 を聞 くだけで、流 れの姿 は見 えませんでした。そして雪 の消 えたがけには、ふきのとうが萌 え、岩鏡 の花 が美 しく咲 いていました。
峠 に立 つと山 の奥 にも山 が重 なり返 っていました。それらの山々 は、まだ冬 の眠 りから醒 めずにいます。この辺 は終日 人 の影 を見 ないところでした。ただ、友 を呼 ぶ、うぐいすの声 がしました。かわらひわが鳴 いていました。まれに、やまばとの声 がきこえてきます。
「ああ、いい薫 りが……らんの香 いだ!」
白 い花 の咲 くらんのあるところへきたという喜 びが、強 く私 を勇気 づけました。しかしながら、このとき、白 い雲 が、谷 を見下 ろしながらいきました。
「花 は、神 さまに見 せるために咲 いているのだ。花 を愛 するなら、らんを取 ってはいけない。」
私 は、はっきりと雲 の言葉 を耳 にきくことができました。けれど、私 は、それに従 わなかったのです。石 から足 を踏 み外 すと、谷底 へ墜落 して、左 の手 を折 りました。この不具 になった手 をごらんください。そして、いまでも、思 い出 しますが、そのときの雲 の姿 がいかに神々 しくて、光 っていたか。人 の思想 も、なにかに原因 するものか、以来 、私 は、地上 の花 よりは、大空 をいく雲 を愛 するようになりました。
「これは、
「らんの
「
「
「ああ、いい
「