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第三卷 第六話  コロッケ 2

时间: 2024-02-27    进入日语论坛
核心提示:2 温かい日差しが空から降ってくる。二週間という時間は、確実に季節を移ろわせる。二十四節気を編みだした日本の文化には驚く
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  温かい日差しが空から降ってくる。二週間という時間は、確実に季節を移ろわせる。二十四節気を編みだした日本の文化には驚くばかりだ。そして京都という街は、それをつぶさに見せてくれる。京都を舞台にした小説を書くのも悪くない。そう思いながら、幸は「東本願寺」を背にして横断歩道を渡った。
  ペパーミント?グリーンの薄手のコートを脱いで、幸は引き戸を引いた。
  「こんにちは」
  「いらっしゃい」
  こいしが明るい声で迎えた。
  「暖かくなりましたね」
  幸がコートをフックにかけた。
  「けど朝晩は冷えるんですよ。湯たんぽがなかったら寝られしません」「まだ湯たんぽ使ってらっしゃるんですか。懐かしい」「お父ちゃんがアナログ派やさかいに」
  こいしが厨房を指さした。
  「アナログ派で悪かったな」
  流が暖簾の間から顔を覗かせた。
  「ようお越しいただきました。これから揚げさせてもらいますさかい、ちょっとだけ待っとぉくれやっしゃ」
  「ありがとうございます」
  慣れた様子で、幸がパイプ椅子に腰かけた。
  「うちも一緒に行ってきたんですよ、川崎まで」こいしが茶の用意をする。
  「何もない街でしょ」
  「おもしろかったですわ。お大師さんとか。おうちの近くの神社も行ってきました。めずらしいお祭りがあるんですてね」
  湯呑みに茶を注ぎながら、こいしが意味ありげに笑った。
  「子どものころは何がなんだかよく分からなかったんですが、物心がついてくると恥ずかしくて」
  幸が頬を薄っすらと染めた。
  「川崎て大きい街なんやね。駅ビルの大きいこと。京都はやっぱり田舎なんやて思いましたわ」
  「急速に発達したみたいですね。わたしは長いこと離れたままですけど、子どものころは、のんびりしたところでしたよ」
  幸がゆっくりと茶をすすった。
  やがて厨房から芳ばしい匂いが漂ってきた。油の爆はぜる音も聞こえてくる。幸は鼻をひくつかせ、耳を澄ませた。
  「揚げもんの匂いて食欲をそそられますね。さっき味見したとこやのに、また食べとうなってきたわ」
  こいしのお腹が鳴った。
  「同じ匂いがする」
  幸が目をとじた。
  「つまみ食いという感じですさかいに、ご飯も何もお出ししません。コロッケだけを召し上がっとぅくれやす」
  流が二個の揚げ物を白い小皿に載せて運んできた。
  「これって……」
  幸が目を丸くした。
  「コロッケ屋さんから、お宅まではざっと三百三十メートルあります。子どもが一目散に走って帰ったとして三分から四分かかりますやろ。コロッケも並んでたもんやから揚げ立てやないはずです。揚げてから二分ほど経ってますさかい、あと三分ほど待ってから食べてください。そのころのことを思い出しながら待ってもろたらええかと思います」言いおいて流が厨房に戻っていくと、こいしがその後を追った。
  ぽつんとひとり残った幸は、目を閉じて時計の針を戻した。
  校門を出て、いつもの通りをまっすぐ家に向かう。ひと筋、ふた筋と数えて、六つ目が〈ごりやく通り〉だ。角を曲がってすぐのところに、ふたつの人だかりができている。ひとつは肉屋。もうひとつがコロッケ屋。
  そうっと近づくとおばさんたちの大きな話し声が聞こえてくる。屋台のようなコロッケ屋の中ではおばあさんが油煙に顔を歪ゆがめながら、長い箸で次々と揚げあがったフライをバットに移している。
  買い物に来たおばさんたちは、コロッケが何個だとか、メンチカツを何枚だとか、口々に好き勝手な注文をしている。
  揚げたてを待つ客の合間に、揚げおきをトングではさみ、自分でパック詰めする客もいる。コロッケ、ハムカツ、から揚げが山積みだ。頭の上をトングが行ったり来たり。その隙を狙って一番手前に積まれたコロッケをふたつ取って、素早くポケットに放り込む。後は全速力で家に帰るだけだ。
  そろそろ三分経っただろうか。あらためてコロッケに目を向けた。こんなコロッケだっただろうか。見た目はコロッケに見えない。だが漂ってくる香りは、まさにあの、ポケットに入っていたコロッケと同じだ。
  ほんのりと温かい手ざわりをたしかめてから、手づかみで口に放りこんだ。
  ゆっくりと味わう余裕などない。二、三回噛んだあとは素早く飲みこむ。
  この味だ。この味だ。小説にするなら、こんな書き出しにしたい。幸はそう思いながらふたつ目を口に入れた。
  こんなに美味しいコロッケが他にあるだろうか。何も思い出があるから、というだけではない。ソースもつけずに食べて美味しいコロッケ。わたしはこんなものを盗んで食べていたのだ。申し訳ない思いで胸がふさがってしまう。
  「どないです? 合うてましたか」
  傍らに立った流が訊いた。
  「これだったんですね。子どものころの記憶はあいまいですから、コロッケだと思い込んでいました」
  「わしもびっくりしました。コロッケやというたらコロッケやけど、こんなん初めてですわ」
  「もう少しいただいてもいいですか」
  「もちろんですがな。ご飯もお持ちしまひょか」「はい。これをおかずにしてご飯を食べたら、どんなに美味しいだろうと、ずっと思い続けていましたから」
  「承知しました。炊き立てをご用意しとります」流は急ぎ足で厨房に入っていった。
  願ってもないことだった。
  盗んできたコロッケを、手づかみで食べながら、これを温かいご飯と一緒に食べたい、何度もそう思った。いつも冷めたご飯と冷めた煮物。味噌汁こそ鍋で温めるものの、夕ゆう餉げといえば冷めたご飯。幸にはその思い出しか残っていない。夢にまで見たコロッケと温かいご飯の取り合わせ。
  「これと一緒に食うたら、たまりまへんで」
  舌なめずりしながら、流が黒い土鍋を運んできて、幸の前で蓋を取った。
  もうもうと立ち上がる湯気から顔をそらせながら、流が古伊万里の飯めし茶ぢゃ碗わんにご飯をよそう。その横で幸は、まるで少女のように瞳を輝かせている。
  「大盛りにしときましたで」
  流が幸の前に置いた。
  小ぶりの飯茶碗から真っ白なご飯が盛りあがっている。ひと粒ひと粒がつやつやと輝き、その隙間から湯気が薄っすらと立ちあがった。
  幸は飯茶碗を手に取り、鼻先に近づけた。
  「いい香り」
  「ごゆっくり召し上がってください。ご飯のおかずにするときはソースをつけてもろても美味しおす」
  千切りキャベツを枕にして、五つのコロッケが品よく並んだ皿がテーブルに置かれ、横にソースの小瓶が添えられた。
  幸は間を置かずコロッケを箸ではさみ、ご飯の上に載せて口に運んだ。なんて美味しいのだろう。
  刷りあがってきた自分の本と、はじめて対面するときと同じ気持ちになった。自分で書いた本だから、何も驚きはないはずだ。だがそれを目の当たりにすると、心が浮き立って、胸が踊りだす。と、まったく同じ気持ちになったのはなぜだろう。
  ふたつ目を食べて、みっつ目のコロッケに箸を伸ばしたとき、不意にその答えが浮かんだ。
  そうか。これが完成した形だからだ。完成したものを手にする喜びなのだ。しあわせの種なのだ。
  毎日のように盗み食いをして食べていたコロッケは、ただの素材にすぎなかった。立ったまま手づかみで、貪むさぼり食べるものではなく、こうして食卓に着いて、白いご飯と一緒に食べてはじめてこのコロッケは、おかずとしての役割を果たすものなのだ。そんな当たり前のことに、今になってようやく気付いた。
  自分が盗まなければ、誰かの食卓で、こうしてしあわせの種になったものを。わたしはふたつの罪を重ねてきたのだ。そう思うと幸は、よりいっそう遣やりきれない気持ちになった。
  そして何より情けないのは、そんな罪悪感を越えて、あまりの美味しさに箸をとめることができない自分だ。
  あっという間に五つのコロッケと山盛りのご飯を食べ終え、箸を置こうとして、蓋が閉
  まったままのお椀があることに気付いた。
  蓋を取ると湯気が上る。味噌汁だ。わかめが浮いている。細かく刻んだ豆腐が沈んでいる。
  温め直した味噌汁と同じ佇まいに懐かしさが込みあげてくる。少し塩気が尖った味もまったく同じ。母の温もりを感じられる、ただひとつの料理。
  「ぺろっと召し上がらはりましたな」
  空になった皿と飯茶碗を見て、流が目を細めた。
  「とてもとても美味しかったです」
  椀に蓋をして、幸が頬をゆるめた。
  「座らせてもろてもよろしいかいな」
  テーブルをはさんで、流が向かい合った。
  「もちろんです。お捜しいただいたこと、お聞かせください」こいしが器をさげ、幸は椅子を前に引いた。
  「とりあえず川崎まで行かんと始まらんので行ってきました」「ご足労をおかけしました」
  中腰になって、幸が頭を下げた。
  「お大師さんには、ちょっとした思い出がありましてな。娘も連れてお参りできたんで、気いつこうてもらわんでもええんです。お宅が近くにあったいうのも、何かのご縁やと思うてます」
  「そう言っていただけるとありがたいです」
  「ご存知やと思いますけど、お宅はもうありませんでした。跡地には三階建てのマンションが建ってました」
  「そうでしたか。知りませんでした」
  幸がさらりと応じた。
  「予想しとったんですけど、屋台のコロッケ屋さんも無うなってました。今は『松まつ木き屋や』というお肉屋はんがコロッケを売ってはります」「そうでしたか」
  気落ちしたように幸が目を伏せた。
  「屋台でコロッケを売ってはったんは森もり田た玉たま代よさんという方やったそうです。肉屋の大将の松木さんに当時のことを聞かせてもらいました」「森田玉代さん。今もお元気なのでしょうか」おそるおそるといったふうに、幸が上目遣いをした。
  流がゆっくりと首を横に振ると、幸は両方の肩を落とした。
  「お名前を取って、その頃は〈モリタマコロッケ〉と呼ばれて、えらい人気やったそうで、都内から買いにくる人も、ようけやはったらしいです」流がセピア色に変色した、当時の写真を幸の前に置いた。
  肉屋の横の空地に小さな屋台があり、主婦らしき数人がそれを取り囲んでいる。
  「そうそう、こんなお店でした」
  顔を近づけて、幸は目を輝かせた。
  「残っとるのはこの写真一枚だけやそうです」「貴重なものを」
  幸が手に取って四隅のしわを指で広げた。
  「森田さんは、お肉屋はんの松木さんの叔母さんにあたるそうで、肉やミンチやらを卸してもろて、コロッケ、ミンチカツなんかを作って売ってはりましたんや。コロッケは二種類あったみたいです。ひとつは小判形の普通のコロッケ。もうひとつがお捜しになってた俵形のコロッケです」
  「二種類あったんですか」
  「覚えてはるかどうか分かりませんが、コロッケはひな壇ふうに並べてありましたやろ。
  小判形は上のほうに並べてあって、俵形のほうが一番下。つまり子どもでも手の届くとこ。松木さんの記憶ではそんな形で並んでたみたいです」「他のものは一切目に入りませんでした。手前の黒っぽいコロッケにピントが合ってたみたいで」
  幸が小さく微笑んだ。
  「さっき食べてもろたとおり、捜してはったコロッケは、言うてみたら唐揚げですんや。
  じゃがいも、玉ねぎ、牛ミンチ。材料は普通のコロッケです。けどパン粉が付いてしまへん。これは偶然の産物やったみたいです」
  「偶然?」
  「思いがけんコロッケがようけ売れてしもうたことがあったそうで。タネは残ってるけど、パン粉を切らしてしもうた。しょうがなしに、片栗粉をつけただけで揚げたら、これが思わん好評やったらしいて、定番になったんやそうです」「けがの功名ですね」
  感慨深げに幸が言った。
  「パン粉が付いてへんこと以外はほとんど小判形と同じやそうです。ただ、ソースを付けんでもええように、タネは濃い目に味付けする。ミンチをソースにひと晩漬け込んで。これに〈タマコロ〉いう名前を付けたら、えらい人気商品になって、毎日飛ぶように売れてたらしいです」
  「ということは売れなくなって店仕舞いされたんじゃなくて、お身体からだを悪くされたか何かで?」
  「お店が終わって後片付けをしてはるときに、心臓発作を起こさはったのをきっかけに、店仕舞いされたらしいです。長い闘病の末に亡うなったのは、つい先月のことやそうで」「もう少し早くわたしが決心していれば……。どなたかご家族の方は?」「息子さんがおられるようですけど、連絡は取れんようです」「せめて代金だけでもお返ししたかったのですが……」幸が唇を噛んだ。
  「当時、小判形のコロッケがひとつ三十円。〈タマコロ〉はパン粉が付いてないさかいにいうて二十五円やったそうです」
  言い終えて、流が古びた大学ノートを開いて見せた。
  鉛筆で罫けい線せんが引かれていて、日付と数字、金額が並んだ一覧表だ。
  「なんですか、これは?」
  しばらく首をひねっていた幸が流に訊いた。
  「あなたのお腹におさまった〈タマコロ〉の掛売り表ですわ」「掛売り? よく意味が分からないのですが」幸が丁寧にノートを繰った。
  「母親っちゅうもんは、子どものことはぜんぶお見通しですんや。あなたがはじめてコロッケを盗んできはったとき、すぐに気付かはったんやそうです。そらそうですわな。ポケットにコロッケ入れたら、油が染みつきよる。匂いもつきますしな。あなたが自分でコロッケを作れるはずはないし、誰かからもろたもんなら、ポケットに突っ込んだりはせん。お宅の近所でコロッケというたら〈モリタマコロッケ〉しかない。もしやと思うて、お母さんは森田さんをお訪ねになった。ひょっとしてうちの子がコロッケを盗んだりしてませんか、と」
  「……」
  幸はノートに目を落としたまま、言葉をなくしている。
  「気付いてへんのは子どもだけですんや。森田さんもあなたが盗んだことに気付いてはったんですわ」
  「……」
  幸は押し黙ったままだ。
  「悪気はない。ただただお腹が減ってただけのこと。とがめようという気持ちは毛頭ない。森田さんはあなたのお母さんにそう言わはりました。いや、想像やないんです。松木さんがその場に立ち会うてはったらしいて、よう覚えてはりました。このノートも、松木さんが森田さんの遺品を整理しているときに出てきたそうです」「みんな分かっていたんですね。なんておろかな子どもだったんだろう」幸が手の甲に爪を立てた。
  「子どもてなもんは、そんなもんです。あなたに限ったことやない。誰でもそうです。まんまとおとなを騙だましたつもりになっとっても、すべて見透かされてます」「そりゃそうですよね」
  幸が哀しい目をした。
  「お母さんは、その日のうちにお支払いに行かれたんやそうです。ほとんど毎日二個ずつですさかい、一日五十円ですわな。週に一回は必ず森田さんを訪ねて、まとめ払いをなさった。それがこの表です」
  「母がそんなことを……」
  「子どもが盗っ人とにならんように。母親は皆、そう思うもんです。その一方で、自分に負い目があったことで、あなたを甘やかし過ぎたことも後悔なさってた。実際、あなたはその後も万引きを繰り返した。正直、最良の選択ではなかったかもしらん。それでも、お母さんは相当悩まはったあげく、こんな形になさったんでしょうなぁ。ま、あくまでわしの想像ですけどな」
  流が幸に笑顔を向けた。
  「この〈預かり済〉というのは?」
  「森田さんという方も、相当がんこなおばあさんみたいで、自分の思い違いかもしれん。
  とりあえず盗んだ本人が支払いにくるまで預かっとく。そう言うて、こうして一覧表になさったんやそうです」
  「……」
  幸は小指で目尻をぬぐった。
  「森田さんは、あなたがおとなになってお金を返しに来るのを、心待ちにしてはったようですな」
  「もう少し早ければ……。遅すぎましたね」
  「過ちを認めるのに、遅いも早いもありまへん。懺ざん悔げなさってるあなたのお気持ちは、充分通じると思います」
  流が幸の目をまっすぐに見つめた。
  「そうであればいいのですが」
  幸がか細い声で言った。
  「東京にお住まいなんやそうですな」
  「ええ。東京といっても北の外れの赤羽ですが。それが何か?」「それやったら、このノートを松木さんとこへ返しに行ってもらえまへんやろか」流がノートを幸に差し出した。
  「松木さん、返さんでもええて……」
  「赤羽やったらちょうどよろしいがな。上野東京ラインに乗らはったら、川崎まで乗り換えなしや。便利になりましたなぁ」
  こいしの言葉をさえぎって、流がノートを手渡した。
  「分かりました。必ずお返しにあがります」
  幸がノートを胸に抱いた。
  「そや。お大師さんにお参りに行かはったらええんや。このお守り、効くんですえ。これを授かってから、ええことが続いてるんです。きっと賞取りにも効くと思いますえ」流の意を汲くんだこいしが、ピンクのお守りを見せて後押しした。
  「アホなこと言いな。賞は実力で取らはるがな」流がしかめっ面をしてみせた。
  「ありがとうございます。この前のお食事代を合わせてお支払いを」幸が銀色の財布を出した。
  「金額はお客さんに決めてもろてるんです。お気持ちに合うた金額をこちらに振り込んでもらえますやろか」
  こいしがメモ用紙を手渡した。
  「承知しました。帰りましたらすぐに」
  財布をバッグに戻し、コートを羽織った幸は引き戸を開けた。
  「ニャーオ」
  トラ猫が幸の足元に駆け寄ってきた。
  「かわいい猫ちゃんだこと。飼い猫ですか?」屈かがみこんで幸が頭を撫なでた。
  「ひるねていう名前を付けてますし、飼い猫いうたら飼い猫なんですけどね」幸の隣に屈んだこいしが流を恨めしそうに見上げた。
  「食いもん商売の店に猫てなもんを入れられるかいな」流が口をへの字に曲げた。
  「かわいそうにね」
  ひるねの顎を何度も撫でてから、幸が立ち上がった。
  「猫はお好きなんですか?」
  ひるねを抱き上げてこいしが訊いた。
  「こんなトラ猫が好きなんです」
  幸がひるねに頬ずりした。
  「お宅の跡に建ってるマンションにも、これによう似たトラ猫がいましたで」流が言葉をはさんだ。
  「そうなんですか。行ってみようかしら」
  「これがその猫ですわ。抱いてはるのは、マンションの掃除を任されてはるァ⌒チャンです。昔からこの辺りに住んでる、て言うたはりました」流が一葉の写真を手渡した。
  「ほんとだ。ひるねちゃんにそっくり……」
  大きく目を見開いた幸は、穴が空きそうなほど写真をじっと見つめている。
  「よかったら差し上げます」
  流がやさしい眼まな差ざしを向けた。
  「ありがとうございます」
  写真を受け取って幸はハンカチを目にあてた。
  幸が正面通を西に向かって歩き始めると、こいしが背中に声をかけた。
  「お気をつけて」
  振り向いた幸は、立ち止まって深々と頭を下げた。
  「こいし」
  店に戻るなり、流が真顔になった。
  「なに? そんなこわい顔して」
  「お守り授かってからええことが続いてる、て何のこっちゃねん。そういうことがあるんやったら、ちゃんとお父ちゃんに報告せな」
  腕組みをして流がこいしをにらみつけた。
  「幸さんの心が動くかなぁと思うて、言うてみただけやんか。心配せんでも、何もあらへん」
  こいしが苦笑いした。
  「そうやったんかいな。そういうときは、ちゃんとわしか掬子に報告せんとあかんで。
  なぁ掬子。そういうこっちゃらしいさかい、まだまだわしの苦労は続くみたいや」仏壇の前に座って、流が線香をあげた。
  「お母ちゃん、安心しとってな。お父ちゃんの面倒は最後までみるさかいに」お守りを仏壇に供えて、こいしが手を合わせた。
 
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