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第四卷 第四話  冷やし中華 2

时间: 2024-02-27    进入日语论坛
核心提示:2 春が一歩進んだ。車から降りた瞬間、沙希はそう感じた。頰で受ける風が生ぬるいのだ。昨夜は遅くまでアクセサリーのデザイン
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  春が一歩進んだ。車から降りた瞬間、沙希はそう感じた。頰で受ける風が生ぬるいのだ。昨夜は遅くまでアクセサリーのデザインに没頭していたせいで、頭がぼんやりしている。そこへもってきて、この生ぬるい空気。なんとも気が進まない。
  「こんな猫いたかしら」
  沙希は「鴨川食堂」の前で寝そべる、トラ猫のひるねの傍そばに屈かがみこんだ。
  「おこしやす。猫はお好きですか」
  店から出てきてこいしが隣に並んだ。
  「犬みたいにキャンキャン吠ほえないから好き」表情を変えずに沙希が答えた。
  「猫もニャアニャア鳴きますけど」
  こいしが言葉を返した。
  「鳴いてもすぐなつくからいいの」
  ひるねの顎をひとなでしてから、沙希が立ち上がった。
  「どうぞお入りください」
  流が引き戸を開けた。
  「見つかりました?」
  敷居をまたぐなり、沙希が問いかけた。
  「たぶん合うてると思います」
  「そうですか」
  沙希は気のない返事をした。
  「今日のアクセサリーもよろしいな」
  ァ£ーブグリーンのジャケットに飾られたブローチを流が指さした。
  「ありがとうございます。これもわたしのデザイン。ニューヨークの美術館にも収められているんですよ」
  沙希が鼻を高くした。
  「どっかで見たことあるような」
  こいしが目を近づけた。
  「そんなはずないわよ。わたしのァ£ジナルデザインなんだから」「失礼しました」
  首をかしげると、流の視線とぶつかった。
  「余計なこと言うてすんませんな。すぐにご用意しますんで」流がこいしの肩を抱いて、厨房に入っていった。
  二週間という時を経ても、沙希の気持ちに変わりはなかった。ふとした思い付きから、食捜しをしてみたものの、見つかったからといって、きっと何ほどの感激もないだろうと思っている。そもそも、なぜこんなことをしようと思ったのだろう。
  「今日はお茶でよろしいですね」
  厨房から出てきたこいしは、砥と部べ焼の急須と黄瀬戸の湯ゆ吞のみを沙希の前に置いた。
  「飲みたい気もするけど」
  沙希が口の端で笑った。
  「よろしいかいな」
  いつの間にか銀盆を持った流が沙希の後ろに立っていた。
  沙希が振り向いた瞬間、流の顔が兼子に見えた。
  「これがあなたのお祖母さん、定岡兼子さんが作ってはった冷やし中華です」浅いスープ皿に盛られた冷やし中華をじっと見つめた。
  「おばあちゃん」
  沙希は思わずつぶやいた。
  「よう来たなぁ。みんしょらん。ちょっと見ん間まに大きいなってからに」赤い花柄をあしらったスープ皿に、あの冷やし中華がこんもりと盛られている。
  「ごめんね、おばあちゃん。長いこと来られなくて」「ええ、ええ。そんなこと気にせんで、まぁ食べていき。沙希ちゃんの好きな冷やし中華や」
  兼子が上からたっぷりと冷たいスープをかける。
  「いただきます」
  「ゆっくり食べんと、喉につまるよ」
  兼子のやさしい笑顔が間近に迫る。
  「うん。やっぱりおいしいね。おいしいよ、おばあちゃん」「よかった、よかった。沙希ちゃんがそう言ってくれるのが一番嬉うれしいよ」「おばあちゃん、玉子もっとちょうだい」
  「はいはい。きっとそう言うと思っていたよ。沙希ちゃんの好物はたくさん作っておいたからね」
  兼子が嬉しそうに錦糸玉子を天盛りにする。
  「ありがとう。沙希、この玉子大好き」
  「嬉しいこと言ってくれるねぇ。おばあちゃんも沙希ちゃんのこと、大好きだよ」沙希は黙々と冷やし中華を食べ続けた。
  茹ゆでた鶏肉には薄く塩味が付いている。ふわふわの錦糸玉子、甘辛く煮つけた椎茸。
  そこにもみ海の苔りが混ざる。冷やし中華といっても、ほとんど酸味はなく、淡い出だ汁しの味が勝っている。なんだか冷えた出汁茶漬けを食べているようだが、箸が止まらない。
  「どないです? 合うてましたやろか」
  そこにあったのは、兼子ではなく流の顔だった。
  「正直に申し上げて、よく分かりません。ただ……」「ただ?」
  「こんなに懐かしい思いになるとは思いませんでした」「そら、よろしおした」
  「これをどうして」
  わずかに瞳をうるませて、沙希が訊いた。
  「詳しいことは後でお話しします。それより、ほれ、これがあなたの好きやった甘いミルク」
  白い液体の入ったコップを流が沙希の前に置いた。
  「そうそう、これこれ」
  沙希が無邪気な笑顔を見せた。
  「わしもこれは初めてでした。世の中には不思議な飲みもんがあるんですなぁ」「懐かしい。これって高浜に売ってるんですか?」ひと口飲んで、沙希が訊いた。
  「種明かしは後ほど。召し上がってからお話ししますけど、ちょっと量が多いかもしれまへんさかい、無理せんと残しとぅくれやっしゃ」皿に半分ほど残った冷やし中華を、流が横目で見た。
  「はい」
  沙希が背筋を伸ばした。
  「具はようけ載ってますんやが、麵はそれほどの量やおへん。ごゆっくり」流が厨房に戻っていくと、沙希は再び箸を取って、冷やし中華を食べつづけた。甘いミルクを合間に飲み、具を嚙みしめて、麵をすする。繰り返すうち、波の音が耳に響きはじめる。緩やかなリズムの繰り返し。波は引き、また押し寄せる。その心地よさに沙希はうっとりと目を閉じる。
  「おいしい。おいしい」
  沙希は何度も繰り返した。
  ふんわり焼かれた錦糸玉子を麵にからめ、たっぷりとスープに浸して食べる。こんなに美味しいものが他にあるだろうか。決して大げさではなくそう思った。いつも食べている冷やし中華とはまるで違う食べものだ。かすかに酸味があるものの、酸っぱいというほどではない。鶏の出汁なのだろうか、あっさりとした味わいながら、塩ラーメンのようなコクもあり、なんとも不思議な食べものだ。それより何より、一番不思議なのは、この冷やし中華が懐かしくてしかたがないことだ。皿に残ったスープも一滴残さずきれいに飲みほした。
  「どないです?」
  「本当に美味しいものを味わわせていただきました。ありがとうございます」中腰になって沙希が頭を下げた。
  「いやいや、お礼は兼子おばあちゃんに言うてあげてください。ようこんな冷やし中華を思いつかはったと感心してますねん。座らせてもろてもよろしいか」空になった器を見下ろして、流が沙希に顔を向けた。
  「どうぞおかけください。早くお話を聞きたくて」沙希が身を乗りだした。
  「こいし、あのファイルケースを持ってきてくれるか。それとお茶。ほうじ茶がええな」流は厨房に向けた顔を戻してから、沙希と向かいあった。
  「高浜まで行っていただいたんですか」
  沙希が切りだした。
  「もちろん行ってきました。けど、そこから思わん展開になりましてな」こいしから手渡されたファイルケースを、流がテーブルに広げた。
  「そうそう、こんな家でした。裏庭からすぐ海に出られる……」古風な二階屋の写真に、沙希が目を細めた。
  「空家になってから七年になるそうですけど、ちゃんと手入れなさってて、いつでも住めるようになってます。順を追うてお話しさせていただきますわ」流は小さく咳せき払ばらいをした。
  「お願いします」
  沙希が湯吞を手にした。
  「こちらのおうちの裏手に旅館があるのを覚えてはりますか?」「あったような気もしますが……」
  「『柾まさ木き旅館』という名前でしてな、民宿みたいな気軽な宿ですわ。ここに泊まりこんで、ご主人の柾木さんにお話を聞いてきましたんや。ずっと兼子さんとは仲良うしてはったんやそうです」
  流は、古びた旅館の玄関先で撮った写真をテーブルに置いた。
  「そうなんですか」
  柾木の写真を見ても、沙希はまったく無反応だ。
  「あなたは、お父さんとお母さんの馴なれそめの話をお聞きになったことがありますか」「恋愛結婚じゃないとは聞きましたが、詳しいことは聞かせてくれませんでした。それが何か?」
  「母方のお祖じ父いさんの卯う一いちさんはマリンスポーツがお好きやったみたいで、しょっちゅうヨットで遊んでられたそうです。それはご存知ですわな」「はい」
  沙希が短く答えた。
  「まだ幼かったあなたのお母さん、浜はま江えさんを連れて、クルージングに出かけはったときに、奄あま美み大島で事故を起こさはったんやそうです」「初めて聞きました」
  沙希が目を丸くした。
  「奄美大島はマリンスポーツをしはる人には最高の海なんやそうです」流が地図を広げた。
  「祖父からも母からも、奄美大島の話を聞いたことは一度もありません」沙希が怪け訝げんな顔つきをした。
  「触れとうなかったんですやろなぁ。お祖父さんには痛恨のできごとでしたさかい」「どんな事故だったんです?」
  「お祖父さんの操船ミスで、漁船と衝突して、ふたりとも海に投げ出されはった。まだ小さいお子さんやった浜江さんは命を落とすとこやった。それを助けはったんが、当時十歳やったあなたのお父さん、滋しげるさんです」流が沙希にほほ笑みを向けた。
  「父が?」
  「そうです。衝突した漁船は滋さんのお父さん、勝かつ滋しげさんが船長をしてはって、たまたま滋さんも乗り合わせてはった。勝滋さんも他の船員さんも漁船を守るのに夢中で、浜江さんのことに気づかはらへんかった。お祖父さんの卯一さんも浜江さんを見失うてしまわはった。目ざとう見つけた滋さんが海に飛び込んで、浜江さんを助けださはったんです」
  「そんなことがあったんですか」
  初めて聞く話に、沙希は呆ぼう然ぜんとしている。
  「浜江さんはようけ水を飲んではったんでしょうな、救助されてから五日間、生死の境をさまようてはったらしいです」
  「それが父と母の馴れそめ……」
  「そういうことです」
  「でも、そこから結婚へ、というのも不思議な気がしますけど」沙希が首をかしげた。
  「助けてもろたお礼も兼ねて、毎年夏休みになったら、卯一さんは浜江さんを連れて奄美へ遊びに行ってはった。歳としが近いこともあって、浜江さんと滋さんは兄きょう妹だいのように仲がよかったんやそうです」
  「たしかに父と母は兄妹のような感じでした。寡黙な兄とヤンチャな妹」沙希が目を細めた。
  「ただ、卯一さんと勝滋さんはずっと犬猿の仲やったそうで」「そう言えば、勝滋さんっていうんですか、父方の祖父のことは早くに亡くなったとしか聞いていませんでした」
  「そらまぁ、そうですわなぁ。財閥の流れを汲くむ森下家の御おん曹ぞう司しである卯一さんと、根っからの漁師の勝滋さんでは、あまりにも境遇が違いますし。それに……」流は次の言葉をためらった。
  「それに? 何ですか?」
  沙希は身を乗りだした。
  「卯一さんは誠意を尽くして、娘の命を救うてもろた恩を返そうと思うてはっただけやったのに、卯一さんが兼子さんに横恋慕してるんやないかと、勝滋さんは疑わはるようになってしもたんやそうです」
  沙希が小さくため息をついた。
  「たしかに兼子さんは、少しずつ卯一さんに魅ひかれていかはったようですが、淡いもんやった。けど一本気な勝滋さんには、それすら許せへんかったんでしょうな。深酒のいきおいもあったんか、兼子さんと滋さんのふたりを追いだしてしまわはった」柾木から聞いた話を、流はそのまま沙希に伝えた。
  「それで高浜に?」
  沙希は話の続きを急かした。
  「夫婦の仲も、父と息子の仲も割いてしもうたのは、自分の責任やと思うて、卯一さんは高浜に持ってはった別荘に、ふたりを住まわさはった。管理人代わりということで、家賃も取らはらなんだ。事故から三年後のことやそうです」「奄美大島からわざわざ高浜へ、ですか。湘南でもよかったのに」「卯一さんの奥さん、つまりあなたのもうひとりのお祖母さん、貞さだ子こさんは病弱やったそうですな。気をもませたくなかったんでしょう」「早くに亡くなったので、貞子お祖母さんのことはほとんど覚えていなくて」沙希が寂しげに言った。
  「事故から二十年が経たって、卯一さんは滋さんに婿養子に来てほしいと頼まはった。ほんまは兼子さんへの思いもあったんでしょうが、何より浜江さんが滋さんを兄のように慕しとうてはったさかい」
  「お茶、淹いれましょか」
  こいしがひと呼吸はさんだ。
  「お願いします」
  沙希は空になった湯吞を前に出した。
  「兼子さんも滋さんもずいぶん迷わはったようやけど、結局滋さんは養子に入って浜江さんと夫婦にならはった。それがよかったのかどうか。兼子さんは亡くなるまで、答えを出せなんだんやそうです」
  「なぜです?」
  「滋さんと浜江さんの結婚式のとき、あまりにも家柄が違いすぎることを、兼子さんは痛感なさった。予あらかじめ分かっていたことやったとしても、目の当たりにするとショックも大きかったんでしょうな。あなたのご両親が結婚なさって以降、兼子さんは卯一さんと距離を置かはるようになった。森下の名を汚すようなことがあってはいかん、そう思うてはったらしいです。兼子さんの気持ちは複雑やったでしょうな。可愛かわいい孫に逢あいたいという気持ちを懸命に抑えていただけに、あなたが訪ねてきてくれたときの喜びは例えようもなかったと思います」
  流の言葉に、沙希は兼子の笑顔を思い浮かべた。
  「家柄がどうやとか、そんなん関係ないと思うけどな。仲良ぅ親戚付き合いしたらええんと違うん」
  こいしがふくれっ面を見せた。
  「今から思えば、父は高浜にいるときが一番愉しそうでした」沙希が天井に目を遊ばせた。
  「お父さんの滋さんにとっては第二の故郷やし、兼子さんに甘えられるし、居心地もよかったんやろねぇ」
  こいしが高浜の家の写真を手にした。
  「洋服とお揃そろいの色なんですな」
  流がバッグに目を留めた。
  「一番好きな色なんです」
  沙希がァ£ーブグリーンのバッグを胸に抱いた。
  「奄美大島の田た中なか一いっ村そんという画家が好んで使つこうてた色です」流の言葉に沙希は目を大きく開いた。
  「この前お召しになってた上着の色もですが、一村の絵によう出てくる色は奄美大島のイメージみたいです」
  「ちっとも存じませんでした」
  沙希がジャケットの袖を撫でた。
  「そうそう肝心の話。冷やし中華ですけどな、あれは奄美大島の名物の鶏けい飯はんを、兼子さんがアレンジしはったもんなんです。柾木さんも何度かごちそうになったと言うてはりました。酸っぱい食べものが苦手やったあなたのために、兼子さんが考えつかはった料理やと思います」
  「わたしはそのころから酸っぱい料理が苦手だったんですね」沙希が声を明るくした。
  「中華麵を茹でて、鶏飯と同じように、茹でた鶏肉、甘辛ぅ煮付けた椎茸、細こう刻んだ錦糸玉子を載せて、冷やした鶏のスープをかける。ええアイデアですわ。食欲の落ちる夏にはぴったりです。故郷を離れてはっても、兼子さんには奄美のことが身体からだに染み付いてたんですやろな。それだけやない。あの甘いミルクも奄美独特の飲みもんでしたんや」
  流が合図するとこいしが牛乳パックを沙希の前に置いた。
  「『花はな田だのミキ』ですか。見たことのないパッケージですね」沙希が手に取ったパックには、赤い太陽と青い波がデザインされている。
  「昔から奄美や沖縄で飲まれとる発酵飲料らしいですわ。昔はみな家で作っとったんやそうですが、今はミキを専門に作るミキ屋があるんです。米と砂糖と薩さつ摩ま芋、それに水があったら作れるんやそうです。出来立てはけっこう甘おすけど、日が経つと発酵してきて酸味が増します。せやさかい、子どもは出来立てを飲んどったみたいです。あなたが冷やし中華の合間に飲んではったんは、もちろん兼子さんお手製の出来立てですわな」「奄美大島なんて、わたしとはまったくつながりのない、無縁な島だと思いこんでました」
  パックのラベルを見ながら、沙希が感慨深げに言った。
  「無縁どころか、あなたの身体には奄美の血が脈々と流れているはずです」流が沙希の目をまっすぐに見つめた。
  「それは少しおおげさじゃありません?」
  沙希が苦い笑いを浮かべた。
  「大島紬つむぎをご存じですか?」
  流が訊いた。
  「ええ。和服を着ないので詳しくは知りませんが、高価なものなんですよね」「たしかに高価なもんですわ。うちの家には似合いまへんけど、わしの親おや父じが大事にしとった羽織がありましてな。お宝やと言うていつも自慢してました」流の言葉を受けて、こいしがシャツの上から羽織って見せた。
  「大島紬の図柄というのは、点と点を細こうにつなぐのが特徴らしいですなぁ」流が羽織に目を近づけた。
  「この柄」
  大きな声を上げて、沙希が目をこらした。
  「気がつかはりましたか。そっくりですやろ」流が沙希のジャケットに飾られたブローチを指した。
  「ほんまや」
  こいしが羽織の袖を引っ張った。
  「わたし盗んでませんよ」
  沙希がかぶりを振った。
  「分かってますがな。誰も盗んだやなんて思うてしません。これがさっきわしが言うた、血のなせるわざですんや。あなたは大島紬とは関係のう、これをデザインしはった。けどこれは大島紬の典型的な図柄、つなぎ角かく紋と言うんやそうです。これひとつだけやったら偶然ということもありますやろけど、この前お越しになったときに付けてはったアクセサリー、こんなんと違いましたかいな」
  流が見せた図録に、沙希は息をのんだ。
  「これも大島紬を代表する図柄で、網あ代じろ紋です」「びっくりやわ」
  横から覗きこんで、こいしが目を白黒させた。
  「パクリだと言われそうですね」
  沙希が屈託のない笑顔を見せた。
  「どないです? おおげさやおへんやろ」
  流が笑顔を返した。
  「どうして? って言いたくなります。どっちも寝ずに考えたデザインなのに」沙希が悔しそうに言った。
  「あなたの身体には、しっかりと奄美の血が流れてますねん」「誇りに思うべきことなんですね」
  沙希が姿勢を正した。
  「もちろんですやん」
  こいしが満面に笑みを浮かべた。
  「とっても不思議だったんです。なんでわたしは、あの冷やし中華を捜しているんだろう、って。今やっと分かりました。こういうことだったんですね」「そういうことです」
  流が即答した。
  「奄美大島、行ってみたくなりました」
  沙希が目を輝かせた。
  「人は誰もひとりで生まれてこれまへん。お父さんがいて、お母さんがいて。そのまたお父さん、お母さんがおらんと生まれへんのです」流の言葉にじっと聞き入っていた沙希は、晴れやかな笑顔をふたりに向けた。
  「実はわたし、デザインに行き詰まっていたんです。これも、この前付けてきたのも十年以上前に作ったもので、この二、三年はほとんど新作ができなくて。復活につながるヒントをいただきました」
  「よろしおした。冷やし中華もミキもレシピを書いておきましたんで、お父さんに作ってあげてください」
  流がファイルケースを手渡した。
  「材料はここに入ってますので」
  こいしが紙袋を差しだした。
  「ありがとうございます」
  受け取って沙希がふたりに頭を下げ、引き戸を開けた。
  「うっかりしてました。この前にいただいた食事代と併せてお支払いを」沙希がバッグから財布を取りだした。
  「お気持ちに見合うた分を、こちらにお振り込みください」こいしがメモ用紙を渡した。
  「分かりました」
  沙希は流に一礼して、正面通を西に向かって歩きはじめた。
  「お迎えを呼ばはらんでええんですか?」
  こいしが背中に声をかけた。
  「少し歩きたいので」
  振り向いて沙希がほほ笑んだ。
  「ぶらぶら歩きには一番ええ季節や」
  沙希の背中を見送って、流がつぶやいた。
  「それにしても、夫婦の出会いていろいろやねんな」こいしが流を横目で見た。
  「そういうこっちゃ。誰でも最初から夫婦になるて決まってるわけやない。縁があったら一緒になるし、なかったらそれまでのことや」店に戻って、流が仏壇に目を向けた。
  「おかあちゃんとは縁があったんや」
  小走りで仏壇に駆けよって、こいしが手を合わせた。
  「縁っちゅうもんは、ずっとつながっていく。子から孫へ、そのまた次へ。たとえ亡うなってもな」
  流が線香をあげた。
 
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