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第四卷 第三話  豚のしょうが焼き2

时间: 2024-02-27    进入日语论坛
核心提示:2 七条駅で降りて地上に出た原沢は、川風に背中を丸くした。厚手のジャケットを着てきてよかったとばかりに、ふたつボタンをた
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  七条駅で降りて地上に出た原沢は、川風に背中を丸くした。厚手のジャケットを着てきてよかったとばかりに、ふたつボタンをたしかめている。
  ほんの半月前には汗ばむほどだった陽気は、すっかりその姿を変え、七条大橋を吹きわたってゆく風は、首筋をひんやりとさせ、襟を立てたくなるほどだ。
  確実に冬が近づいている。
  風に乗ってひらひらと、紅あかいもみじの葉が舞っている。原沢は幸と一緒に見に行った奥おく津つの紅葉を思いだした。川辺の宿で泊まった一夜は、原沢にとって最も甘美な思い出だ。
  縁側の戸を開け放つと、風とともに紅いもみじの葉が飛び込んできて、幸の髪に留まった。ぐい飲みの酒にそれを浮かべると、幸は赤く染まった頰をゆるませた。それは、つい昨日のことだったような気もするが、はるか昔のできごとのようにも思える。
  道筋が頭に入っている原沢は早足で「鴨川食堂」に向かった。
  「ひるね、やったかいな。これから寒ぅなるのに気の毒やなぁ」店の前の陽ひだまりで、背を丸くして寝そべっているひるねに、原沢は屈みこんで声をかけた。
  「雪降りの日は、このカゴの中に毛布を敷いて、入れてやりますねんよ。かわいそうでしょ」
  買い物帰りの自転車を停とめて、こいしが前カゴからトートバッグを出した。
  「幸もおんなじことしてましたわ」
  原沢が目を細めた。
  「どうぞお入りください」
  少し間を置いてからこいしが引き戸を開けた。
  「失礼します」
  緊張した面持ちで原沢が敷居をまたいだ。
  「ようこそ。お待ちしとりました」
  流が迎え入れた。
  「待ち遠しかったですわ」
  上着を脱いで原沢が椅子の背にかけた。
  「たぶん間違うてへんと思いますんで、愉しみに待っとってください」流が自信ありげな笑みを浮かべたのを見て、原沢は期待に胸をふくらませた。
  「どうぞこちらへ」
  こいしが案内したのは、前回と同じ席だった。
  「ご面倒をおかけしましたんやろな」
  原沢がデジタルカメラをテーブルに置いた。
  「写真、撮らはるんですか?」
  「早代が写真を見て参考にしたいて言いますんや」「奥さんを大事にしはらんとバチ当たりますよ」こいしが原沢をにらんだ。
  「分かってますがな。山の神でっさかいな。毎朝拝んでます」原沢が手を合わせた。
  「今日はお酒はどうしはります?」
  テーブルを拭きながら、こいしが訊いた。
  「今日はしょうが焼きに専念しますわ」
  「そしたらご飯も一緒にお持ちしましょか?」「そうしてもろたら嬉しいですな」
  原沢がこいしと目を合わせてほほ笑んだ。
  「きっとそうおっしゃるやろと思うて、ご飯炊いてます。もうちょっとで炊き上がりますさかい、それに合わせてお出ししますわ」
  流が暖簾のあいだから顔を覗かせた。
  「お父ちゃん、ええ勘してはるでしょ」
  こいしが胸を張った。
  「なんや、ええ匂いしてきましたな」
  原沢が鼻をひくつかせた。
  「もうちょっとやと思いますし、愉しみに待っててくださいね」信楽焼の急須と染付の湯吞をテーブルに置いて、こいしは厨房に入っていった。
  ひとり残った原沢は、所在なげに店の中を見回した。
  吊つり棚の神棚、テレビ、カウンターの上の新聞、雑誌。あらためて見てみると「むくげ」によく似ている。
  豚のしょうが焼きを捜して欲しい、というのは決してうそではないが、幸の安否、所在を知りたいというのが原沢の本音だった。まだ「むくげ」をやっているのだろうか。誰かと一緒になったのではないだろうか。それを自分でたしかめる勇気はないが、知らずに済ませることもできない。今さらそんなことを知ったからといって、何がどうなるものではないのだが。
  ただ、幸との関係が切れたことで、原沢の胸はどれほど穏やかになり、平和に暮らせていることか。いつ早代に気づかれるか、という心配をしなくて済む、安らかな日々をもう失いたくはない。
  「お待たせしました。豚のしょうが焼き定食です」こいしがおどけた声を出して、料理をテーブルに並べた。
  「そうそう。こんな感じやったなぁ。なんや皿までよう似とるわ」見回して、原沢が目を細めた。
  「やっぱりそうでしたか。備前焼の本場が近いさかいに、こんな器を使うてはったんやないかと思うて」
  厨房から出てきて、流が原沢の傍らに立った。
  「しょうが焼きもご飯もお代わりありますし、足らんかったら言うてくださいね」こいしの言葉を合図とするかのように、ふたりは厨房に戻っていった。
  ぼってりとした備前焼の皿にたっぷりの野菜と豚のしょうが焼きが載っている。染付の飯茶碗にはこんもりと白ご飯が盛られている。椀わんに入っているのは豆腐の味噌汁。賽さいの目に切られた豆腐はいくぶん大きめで、味噌の芳ばしい香りが漂っている。漬物は刻んだ青菜と、胡瓜、蕪かぶ、そして柴しば漬づけ。
  原沢はタレにまみれたしょうが焼きを箸でつまみ、キャベツを包みこんで、ご飯に載せた。
  ひと呼吸置いてから口に運び、うっとりと目を閉じた。
  ほどよく脂身が混ざった豚肉の旨みが、タレの味と絡みあうことで、白いご飯にとてもよく合う。
  幸が作ってくれたそれは、たいていビールか日本酒のアテとして食べていたが、最後に肉だけをお代わりして、白ご飯に載せて食べるのを見ると、幸は必ず声を上げて笑った。
  そんな笑い声が聞こえてきそうなほどに、同じ味がする。
  気のせいかもしれない。そう思って原沢はもう一度同じ食べ方をしたが、その思いは覆されるどころか、よりいっそう強まった。
  原沢は確信した。流はきっと幸に会ったに違いない。そしてレシピを訊きだしたのだ。
  おそらく幸は今も美作に住み、「むくげ」に居るのだ。年とし甲が斐いもなく甘酸っぱい思いがこみ上げてきたのに、思わず苦笑いした。
  音を立てて胡瓜の漬物をかじりながら、原沢は「むくげ」から二階の居間へ移動するときの胸のときめきを思いだしていた。
  しかし、流は幸からどうやってレシピを訊きだしたのだろう。原沢の名を出して、食べたがっていると言ったのか。それとも「むくげ」で食べて味を分析したのか。
  原沢が懐かしがっていると知ったなら、幸はどう思っただろうか。もう一度逢あいたいと思ってくれただろうか。それとも迷惑に感じたか。原沢の胸を様々な思いが去来した。
  「どないです?」
  最後の豚肉をご飯に載せたとき、厨房から流が出てきた。
  「どないもこないも、まったくおんなじ味ですわ。ほんまにびっくりしました。どうやってこれを?」
  一刻も早く幸の消息を知りたい思いが、原沢を早口にさせた。
  「あとでゆっくりお話しします。それよりお代わりはどうです?」「ほなお言葉に甘えて、もうちょっとだけいただきますわ。年寄りがこないようけ食うたらあかんのやけど」
  原沢は照れ笑いを浮かべながら、空になった備前焼の皿を流に渡した。
  「ご飯はどうです?」
  「半分だけ」
  原沢は飯茶碗の中ほどを指さした。
  お代わりを食べはじめて、しばらく経ったころから、原沢は急に不安な気持ちになった。幸に逢いたいという気持ちを抑えきれないのではないか。これと同じ味の豚のしょうが焼きを早代が作り、家で食べられたとしても、それはそれだけのこと。一年半かかって、ようやく胸のすき間が埋まったと思ったのに、またぽっかり穴が開いてしまったような気がする。未練という言葉が胸をよぎる。こいしが言ったとおりだった。
  「そろそろ種明かしをせんとあきませんな」
  箸を置いてすぐ、流が原沢の横に立った。
  「お茶、置いときますよって」
  こいしが益まし子こ焼の土瓶と、唐津焼の湯吞をテーブルに置いた。
  「座らせてもろてもよろしいかいな」
  「どうぞどうぞ」
  原沢と向かい合って、流はパイプ椅子に浅く座った。
  「美作まで行ってもろたんですか」
  はやる気持ちを抑えて、原沢が切りだした。
  「行かんことには何も始まりまへんしな」
  「わざわざありがとうございます」
  原沢が腰を浮かせて頭を下げた。
  「気にしてもらわんでもええんですよ。うちも一緒に湯ゆの郷ごう温泉行ってきました。
  温泉旅行ですねん」
  「こいし、余計なこと言わんでええ」
  流がこいしをにらみつけた。
  「わたしも湯郷は好きです。いいお湯ですな」「すんまへんな、余計なこと言うて、話の腰を折りよってからに」舌を出して、こいしは肩をすくめた。
  「とりあえず『むくげ』に行ってきました」
  「まだありましたか」
  原沢が身を乗りだした。
  「あるにはあったんですが……」
  流が口ごもった。
  「なにか?」
  原沢が生唾を吞みこんだ。
  「大和幸さんはおられませんでした。幸さんの義理の妹さんにあたる里り佳か子こさんが店をやってはって、名前も『ひまわり』に変わってました。里佳子さんと幸さんは実の姉妹みたいに仲が良かったらしいて、すべてを知ってはるようでした」「そうでしたか……」
  原沢が肩を落とした。
  「ただ、メニューはほとんど『むくげ』とおんなじやということで、豚のしょうが焼きを食べてきました」
  「っちゅうことは、このしょうが焼きは、その『ひまわり』の?」「里佳子さんは店を引き継ぐときに、レシピも幸さんから教えてもらわはったそうです」「原沢さんは、いっつも夕方から行ってはったから、『むくげ』のランチを食べはったことがないと思いますけど、ランチの一番人気は豚のしょうが焼きやったみたいです」こいしが言葉を足した。
  「店でも出しとったんか。わたしのために特別に作ってくれたんと違うたんや。店で出してたんと、同じしょうが焼きを、わたしは喜んで食べてたんですな」「わしもそこが一番気になってましてな。店で出してはったしょうが焼きと、原沢さんに作ってあげはったんとが、一緒のもんやったかどうか。おんなじ味やと言うてくれはったんで、ホッとしましたわ」
  晴れやかな表情の流とは対照的に、原沢は顔を曇らせている。
  「原沢さんは濃い味がお好きなんですね。うちにはちょっと濃過ぎましたわ。ご飯がなかったら食べられへんかもしれん」
  こいしが薄く笑った。
  「そう言われたらそうですな。なんやのどが渇いてきました」原沢が湯吞の茶を一気に飲んだ。
  「わしも味見したときに、ちょっとびっくりしました。ご飯のおかずにはええけど、酒のアテには、甘みがきついように思いました」
  空の皿を流がじっと見つめた。
  「早代にも作れますやろか。あいつは、とことん薄味好みやさかい」原沢が首をひねった。
  「そのことやったら心配要りまへん。これがあったら誰でもすぐ作れます」流がペットボトルを原沢の前に置いた。
  「ホルモンうどんのタレ……」
  原沢が手に取って、まじまじとラベルを見た。
  「美作のすぐ近くに津山っちゅうとこがあるんですけど、そこの名物がホルモンうどんですんや。いわゆるB級グルメですな。もちろん店によって味付けはいろいろですけど、家庭ではこれを使うてる人がようけやはるみたいです。なかなかようできたタレで、いわば万能調味料。幸さんはこれで豚のしょうが焼きの味付けをしてはったんやそうです」「醬油、味噌、砂糖、味み醂りん、水みず飴あめ、ニンニク、生しょう姜が、胡ご麻ま油、胡麻、唐辛子、胡椒……なるほど。生姜も入っとるさかい、そういう味になりますわな」
  原沢は冷ややかな顔で、ラベルを読んだあと、ペットボトルを無造作にテーブルに置いた。
  「うどん用のタレやさかい当たり前やけど、おうどんに絡めて炒めたら、めちゃくちゃ美味しかったですわ」
  こいしが言葉をはさんだ。
  「ひとりでランチをやってはって、何種類ものおかずを作ろうと思うたら、こういうもんを使わんと無理ですやろ。うちみたいなヒマな店と違うて、昼は大忙しやったみたいですさかい」
  流はなぐさめの意味を込めて言ったのだろうが、原沢の気持ちは冷める一方だった。多くの客に出すのと同じ気持ちで幸は料理を作っていたのか。
  ブランドバッグやアクセサリーなど、行く度に何かしらのプレゼントを持っていったことを原沢は後悔し始めていた。
  「ワンケース買うてきましたさかい、どうぞお持ち帰りください。これだけあったら当分はいけますやろ」
  流が重そうにして紙袋をテーブルに置いた。
  「ありがとうございます」
  原沢は形だけの礼を述べて、力なく立ち上がった。
  そそくさと身支度を整え、財布を取りだした原沢がこいしに向き直った。
  「この前の食事代も併せてお支払いさせてもらいます」「うちは料金をお客さんに決めてもろてますねん。お気持ちに見合うた金額を、こちらに振り込んでください」
  こいしがメモ用紙を手渡した。
  「わかりました。せいだい気張って払わしてもらいます」折りたたんで財布にしまった。
  「よろしゅうに」
  流が帽子を取って一礼した。
  敷居をまたいだ原沢の背中にこいしが声をかける。
  「夫婦で仲良ぅに暮らしてくださいね」
  「おおきに」
  原沢は顔半分だけで笑った。
  「もう紅葉も終わりやねぇ」
  原沢のジャケットに舞い落ちた枯葉をこいしが払った。
  「紅に染まって、赤ぅなって、最後はこない汚い枯葉になる。命が短いのは花だけやのうて、葉っぱもですねんな」
  赤黒くしわの寄った葉を流が拾い上げると、原沢は無言のまま、それをじっと見つめた。
  「人の一生とよう似てるんや。生き生きした青葉からはじまって、真っ赤に燃えて、最後は燃え尽きる……」
  こいしがそう言い終えると、原沢がふたりに一礼した。
  「京阪で帰らはるんやったら反対でっせ」
  西に向かって歩きだした原沢に流が大きな声をかけた。
  「今日は違う道で帰りますわ」
  振り向いて原沢が斜めに会釈した。
  見送って、流とこいしは店に戻った。
  「今夜はしょうが焼きやね」
  こいしがテーブルを片付けた。
  「ホットプレート出して、焼きながら食おか。浩さんも呼んだらどや。肉は一キロくらいあるさかい、ふたりでは食べきれへん」
  「きっとそうやろと思うて、浩さんにはもう声かけてあるねん」「えらい手回しええんやな」
  厨房に入って、流が鍋を洗いはじめた。
  「せや、お父ちゃん、肝心のことを原沢さんに言い忘れたやん」「なんや、急に大きい声出して」
  流が蛇口をひねって水を止めた。
  「店のランチで出してはるのと違うて、原沢さんに出すときは、タレの量を控えて、醬油とお酒を足してはったみたいやて、里佳子さんが言うてはったやんか。幸さんはたいせつな人のために、ひと手間加えてはったんやて」「そんなこと言うてはったかな。わしも最近物忘れが酷ひどぅなってしもて」流が蛇口をひねった。
  「ひょっとして、お父ちゃん、わざと言わへんかったんと違う?」こいしが間近に顔を覗きこんだが、流は見向きもせずに黙々と鍋を洗い続けた。
  「やっぱり夫婦は仲良ぅせんとあかんもんな」こいしが仏壇の掬子に声をかけて手を合わせると、振り向いた流が静かにうなずいた。
 
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