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第五卷 第五話  芋煮 2

时间: 2024-03-05    进入日语论坛
核心提示:  2  二週間後の予定が三週間後になり、京都の紅葉はピークを迎えている。京都駅の人混みをかき分けて、秀樹は意気揚々と『
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  二週間後の予定が三週間後になり、京都の紅葉はピークを迎えている。京都駅の人混みをかき分けて、秀樹は意気揚々と『鴨川食堂』を目指していた。
  時折、強い秋風が吹きわたり、黄金色をしたいちょうの葉を散らす。薄日が差す烏丸通を歩き、秀樹は曇り空を見上げた。
  あのときも最初はこんな空だった。雲もさほど厚くなく、いつか晴れわたるのではという希望を持たせるような空が急変したのは、頂上を目指しはじめて一時間ほども経たったころだった。みぞれ混じりの雨に見舞われ、周りは灰色のベールに覆われ、足元すら見えなくなった。恐怖の記憶というものは何年経っても消えないものだ。『鴨川食堂』の前に立って、秀樹は感慨を深くした。
  いつの間にか足元に寄ってきていたトラ猫が、けだるそうにひと声鳴いた。
  「どうした。道にでも迷ったか」
  かがみ込んで秀樹が頭を撫でた。
  「お待ちしてました」
  気配を感じたのか、こいしが引き戸を開けて出てきた。
  「飼い猫ですか?」
  「飼こうてるいうたら飼うてるし、野良猫やていうたら野良猫。ひるねていう名前だけは付けてるんですけど、中途半端な立場なんですよ」秀樹の横に並んで、こいしがひるねの喉を撫でた。
  「白黒はっきり付けてほしいと猫は思わないのでしょうかね」「さあ、どうなんですやろね」
  真剣な表情の秀樹とは対照的に、こいしは曖昧な笑顔を浮かべた。
  「ようこそ、おこしやす」
  流が引き戸から顔を覗かせた。
  「愉しみにしてまいりました」
  硬い表情を崩さず、秀樹は流に頭を下げた。
  「すぐにご用意しますさかい、ちょっと待っとってくださいや」茶色の作務衣を着た流は、同じ色の帽子をかぶり直して、厨房への暖簾をくぐっていった。
  「お父ちゃんが二週間で捜し切れへんかったんは、今回が初めてなんですよ」「お手を煩わせました。探偵料は弾ませていただきますので、どうぞご容赦ください」「お金の問題とは違いますし」
  眉根を曇らせたこいしの反応に、余計なことを言ったかと秀樹は後悔した。
  改めて店の中を見まわすと、屋号に偽りはなく、どこからどう見ても大衆食堂だ。ではあるが、前回出された料理は一流料亭をも上回るものだった。これほど道理に合わないこともない。本当に流はあの店を捜しだしてきたのだろうか。不安が募りだすと一気に加速するのは、子どものころからの秀樹の習性だ。
  「白いご飯も一緒にお持ちしようかと思うたんですけど、芋煮だけのほうがよろしいやろ。あの時を思い出しながら食べてください」銀盆に載せて流が運んできた、大ぶりの塗り椀わんを見て、一気に当時の記憶がよみがえってきた。
  目の前に置かれた椀からは、懐かしくも素朴な薫りが立ち上ってくる。子どものころの一番のご馳走だったすき焼きにも、煮汁が染み出して、弁当箱を包んでいた布にシミを作っていた肉じゃがにも、似ているようであり、また別ものにも思える匂いは、食欲を刺激することだけは間違いない。
  ほっくりとしながら、ねっとりとした歯触りを感じさせる里芋には、甘辛い味がしっかりと染みこんでいて、コマ切れの肉と一緒に嚙みしめると、思わず笑みがこぼれてしまう。
  そうそう。たしかにこんな味だった。生きた心地がしなかったどん底気分から、一気に天国に昇りつめていくような、そんな気持ちで食べたあの日の芋煮は、まさしくこんな味だった。
  やっぱり夢物語などではなかった。実際にあの店はあった。あのおばあさんは狐でも狸でもなく、生身の人間だったのだ。でなければこんなに旨い芋煮が作れるわけがない。
  「お代わりしまひょか」
  空になった椀をじっと見つめていると、流が傍らに立った。
  「お願いします」
  椀を差しだすと、受け取った流が訊たずねる。
  「どないです。おんなじですやろ?」
  「はい」
  短く答えると、こっくりとうなずいて流は厨房に戻った。
  訊きたいことは山ほどあるが、今はじっくりと味わうことが先決だ。
  「ようけこしらえましたさかい、たんと召し上がってください」二杯目は大盛りで出てきた。
  悔しそうな啓介の顔を思い浮かべながら、二杯目の芋煮を心ゆくまで味わった。
  それにしても、と思う。あれほど念入りに捜したのに、髪の毛一本ほどの手がかりもつかめなかった。それがプロの手にかかると、こうして見事に捜しだしてきて、料理まで再現してしまう。やはり餅は餅屋ということなのだろう。
  少しばかり煮詰まったのだろうか。一杯目よりは濃い味になっているようで、白いご飯が欲しくなる。旨い料理というものは人を無心にさせるのだということを思い知って、箸を置いた。
  「どうやってこの芋煮を捜し当てられたのか、お話を聞かせてください」急須と湯ゆ吞のみを持って現れた流に顔を向けて、秀樹が声をかけた。
  「座らせてもろてもよろしいかいな」
  湯吞に茶をいれて、流が訊いた。
  「どうぞどうぞ」
  中腰になって秀樹が手招きすると、流が真向かいに座り、こいしもその横に腰かけた。
  「とにかく現地へ行かんと話にならんので、月山へ行ってきました。この時季になると、わしらみたいな素人が山へ入るわけにはいかんので、下のほうでいろいろと調べました。
  聞き込みは得意ですんや」
  苦笑しながら流が続ける。
  「湯ゆ殿どの山さん口、羽は黒ぐろ山さん口、本ほん道どう寺じ口やら、いくつか登山ルートがありますけど、どこを通ったとしても、言うてはるような茶店はあらしません。
  登山小屋は何軒もありますが、古民家とはほど遠いつくりですし、土間から続く昔ながらの囲炉裏てなしゃれたもんは、どこにもありまへんでした。あなたが登らはった十年前はもちろん、二十年、三十年とさかのぼっても、そんな店は影も形もない。地元の人は皆そう口を揃えはります。さて、どないしたもんかいな、と途方に暮れとったとこに、救いの神が現れましてな」
  流が口元をゆるめると、こいしが誇らしげに言葉を足す。
  「いっつもお父ちゃんには、どっかから助け舟が出ますねん」「うらやましいです。啓介もよくそんなことを言ってますよ」秀樹が仏頂面をこいしに向けた。
  「どんな山にでも、哀かなしい歴史っちゅうもんはあるんやと聞かされましてな。登山口で古ぅから土産もん屋をやってはる、なみえさんというおばさんから聞いた話です」流はタブレットのスイッチを入れて秀樹に向けた。
  「今から二十年前に、あなたと同じように、霧で道に迷うた青年が遭難して亡くなったんやそうです。まだ雪のある五月やったんで、足を滑らさはったんでしょうな」流が当時の新聞記事をディスプレイに表示した。
  「滅多に遭難事故は起きない山だと聞いていたのですが」秀樹が顔を曇らせた。
  「新聞記事によると、この青年の母親、三みつ林ばやし晴はる子こさんは天てん童どう市の蔵くら増ぞう乙おつっちゅうとこで、『くろすけ』という小さい食堂をやってはったんやそうです。知らせを聞いて駆けつけはったときその母親は、気の毒で見てられんくらい、嘆き悲しんではったらしいです」
  流がしんみりと語った。
  「子どもが親より先に死ぬて、これ以上の悲劇はありませんよね」こいしが言葉を足した。
  「毎年七月一日に月山の山開きが行われて、ようけの人が来はるそうやが、三林さんは、息子を亡くした年からずっと一番乗りしてはったみたいです。なみえさんは、遭難現場で供養に供えはるお花を、三林さんに毎年あげてはった。これは十五年ほど前の写真やということです」
  土産物屋の店先で、菊の花束を手にする三林となみえが、並んで写った記念写真を流が見せた。
  「あれ? この人あのときの……」
  秀樹がディスプレイに覆いかぶさった。
  「写真自体がボケてますさかい、拡大してもあんまり変わらんと思いますが」言いながら流が三林さんの姿を拡大したが、顔ははっきりしない。着物の色合い、白髪の髪型は、あの日出会った老婆とそっくりだ。
  「どういうことなのでしょう」
  秀樹は不思議に思いながらも、頭の中を整理できずにいる。
  「と、ようやく話の緒をつかめかけたんが一週間前でしたんや。これでは芋煮にまでたどり着けん。それで一週間延ばしてもろて、天童へ行ってきた、っちゅうわけです」「ありがとうございます。ご面倒をおかけしました」「お父ちゃんは現場主義やさかい、とことんまで追いかけはります」こいしが誇らしげに胸を張った。
  「もっと鄙ひなびたとこやろうと思うてましたが、行ってみたらけっこうな都会でしてな、そこそこ有名な店やったみたいで、『くろすけ』を捜してるて言うたら、すぐに場所が分かりました。ようけ写真も残ってましたんや」小川の傍に建つ小さな祠ほこらの写真を画面に表示した。
  「これは?」
  秀樹は怪訝な顔で写真を見つめている。
  「〈苦く労ろ助すけ稲いな荷り神社〉っちゅう、小さいおいなりさんですけど、どうやら応仁の乱のころに、京都で壊された社の代わりにこの場所に建てられたみたいですわ。今は空き地になってますが、このすぐ傍に『くろすけ』があったんやそうです」画面に指を滑らせて店の写真を開くと、秀樹は大きく目を見開いて叫んだ。
  「これです。あのとき霧の中に突然現れたのはこんな家でした」「ほんまですか? よう見てくださいよ」
  こいしが横からタブレットを覗きこんだ。
  「間違いありません。看板こそありませんでしたが、屋根の感じも、入口の戸も、窓の障子も、あのときの茶店そのままです」
  秀樹は息を荒くして、青ざめた顔で写真から目を離せずにいる。
  「残念ながら、三林晴子さんが亡くなったんで、『くろすけ』も十年前に店じまいしたんやそうです」
  「十年前……ですか」
  「あなたが月山に登らはった年の春、半年前やったみたいです」「さっきいただいた芋煮は?」
  「『くろすけ』の一番の名物は芋煮やった。近所の人は懐かしそうに話してくれはりました。『くろすけ』があった場所のすぐ近くに『都みやこ家や食堂』という店がありましてな、そこの芋煮は三林さん直伝のレシピやそうで、それを教わってきました。三林さんとは親戚同然の付き合いやったそうです。さっき食べてもろたように、特に変わったレシピと違います。山形の芋煮というたら、ふつうはこんな味や。誰もが好き嫌いのう食べられる芋煮ですわ」
  流の説明を聞いて、納得したようでもあり、どうにも解せないところもあり、といったふうで、秀樹は複雑な表情を浮かべたまま、じっと『くろすけ』の写真を見つめている。
  「わしも昔は刑事っちゅう仕事をしてましたさかい、幽霊やとか心霊てな非科学的な話はいっさい信じとりまへん。けど、どう考えても理屈に合わん事件にも何度か出会いました。人の心っちゅうもんが、何かを動かすことはようあると言うたら、ようあるんです。
  科学者の方には納得できん話やろと思いますけどな」「今のお話を聞いても、とうてい納得はできませんし、たまたまいくつかの偶然が重なっただけだと思います。ですが、僕があのとき出会った茶店、おばあさん、そして芋煮は夢ではなく現実だったと信じています。頭の中でいろんな糸が複雑に絡み合ってしまって、どうにもそれが解けない。また啓介に負けてしまったことが悔しいのですが」秀樹が唇をまっすぐに結んだ。
  「うちはおばけもいると信じてますし、理屈に合わへんことも世の中にはようけあると思うてます。亡のうなったお母ちゃんに助けてもろたことも、なんべんもあります。そのときは偶然やと思うてたことでも、あとからよう考えたら、お母ちゃんが助けてくれはったんや、そう思うことはしょっちゅうです。秀樹さんも誰かのちからで助けてもらわはったんと違いますやろか」
  しみじみとした口調でこいしが誰に言うでもなく語った。
  「こいしだけと違います。わしも亡うなった掬子によう助けてもろてる。今回も天童へ向かうレンタカーで、ナビが道を間違えよったと思うたけど、正規のルートのままやったら、間違いのう大きい事故に巻き込まれてた。あとからニュースで聞いて寒さぶイボが出た。あれは掬子が助けてくれよったんや。間違いない」流が何度もうなずいた。
  「ありがとうございます。なんとはなしにですが、分かったような気がします。この世の中には科学で説明のつかないこともある。これからは、そう思うようにします」自分に言い聞かせるようにして、秀樹は流に顔を向けた。
  「こんなことでお友だちに勝ったも負けたもありまへんで」流が苦笑を浮かべて言葉を返した。
  「心します。前回のお料理と併せて探偵料のお支払いを」秀樹は長財布を手にした。
  「お気持ちに見み合おうた金額をこちらに振り込んでください」こいしがメモ用紙を秀樹に手渡した。
  「承知しました。できるだけ早く」
  秀樹はメモを財布にしまい込んだ。
  「茜に会わはるようなことがあったら、よろしゅうに」店を出た秀樹に、流が声をかけた。
  「承知しました。今回の件もちゃんと報告しておきます」秀樹が目を合わせた。
  「立派な学者はんになってくださいね。ノーベル賞取らはるのを期待してます」こいしの言葉に秀樹は照れ笑いを浮かべ、一礼してから正面通を西に向かって歩きはじめた。
  ふたり並んで背中を見送っていると、ふいに秀樹が振り向いた。
  「三林さんは、なぜ僕らを助けてくれたんでしょう」「ふだんの行いがええからと違いますか」
  流が大声を出すと、秀樹は首をひねりながら、ふたたび歩きだした。
  「うちも気になってたんよ。なんで三林さんはふたりを助けはったんやろうて」店に戻るなり、こいしがつぶやいた。
  「秀樹はんには、あない言うたけど、実はな……」流が一冊の古びた冊子をテーブルに置いた。
  「〈天童の昔がたり 本田秀ひで臣おみ著〉……。これがどないしたん?」手に取ってこいしがページを繰った。
  「『都家食堂』の本棚で見つけたんや。コミックの間に挟まっとってな、わしが読んでたら、ご主人が詳しいに説明してくれはった」
  流はしおりの挟んであるページを開き、〈苦労助稲荷神社〉の項目をこいしに見せた。
  「ひょっとして、この本田秀臣ていう人は秀樹さんの?」こいしは改めて表紙を見直した。
  「調べたらお祖じ父いさんやった。民俗学者やったらしいて、〈苦労助稲荷神社〉やらの民話を調べるために、天童へしょっちゅう通うてはったんやそうな。ほんで『くろすけ』の常連やったさかい、当時はまだ若い三林晴子さんとも親しいしてはった」「それでどうなったん?」
  身を乗り出して、こいしが話の続きを催促した。
  「あるとき秀臣さんが『くろすけ』に行かはったら、晴子さんが倒れてはった。すぐに秀臣さんが救急車を呼ばはって、一命を取りとめはった。心臓発作やったさかい、ちょっとでも遅かったらお陀だ仏ぶつになってたかもしれん。つまり秀臣さんは命の恩人や」「そんなことがあったんや。不思議な話やなぁ」こいしが首を斜めにしながら、ため息をついた。
  「民俗学ほど非科学的なもんはない。秀樹はんのお父さんは、きっとそれを嫌うて数学者にならはった。秀樹はんもそれに倣うて科学を究める道に進まはったんやないかと思う。
  あくまでわしの想像やけどな」
  流がしみじみと言った。
  「皮肉なもんやなぁ。科学の道に進まはった人が、非科学的なことに助けられるやなんて」
  こいしが冊子をじっと見つめた。
  「分からんで。わしの勝手な想像やさかいに」流がコップの水を飲みほした。
  「名刑事やったお父ちゃんの推理に間違いはない。うちが太鼓判押すわ」こいしが流の肩を叩たたいた。
  「長いこと現場から遠ざかっとるさかい、わしの勘もさび付いてるかもしれんで」顔をゆがめながら、流は肩をさすっている。
  「けど、秀樹さんにはなんでこのことを話さへんかったん?」こいしがピッチャーから水を注いだ。
  「なんとのうこのことは話さんほうがええやろと思うた。あの人にはそのほうがええんやないかと」
  「そうなんかなぁ。なんか噓ついたみたいやんか」「なんでもかんでも伝えたらええ、というもんやない。知らんほうがええっちゅうことも世の中にはようけある」
  流が仏壇の前に座って線香をあげた。
  「お母ちゃん、気ぃつけたほうがええよ。どうも隠しごとがあるみたいやで」流のうしろに座って手を合わせたこいしが片目を開けた。
  「あほ言え。わしは掬子に隠しごとなんか絶対しとらん。なんでも正直に話しとる」ひとつ咳せきばらいして、流がゆっくりと目を閉じた。
 
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