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第七卷 第六話 ちらし寿し 2

时间: 2024-03-05    进入日语论坛
核心提示:  2  二週間と掛からず、十日経ったころに連絡があり、亜弓は流に教わったとおり、新潟から関空へ飛んだ。  昼ではなく夕
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  二週間と掛からず、十日経ったころに連絡があり、亜弓は流に教わったとおり、新潟から関空へ飛んだ。
  昼ではなく夕方の時間を指定されたのも亜弓には好都合だった。午後一時前に離陸した飛行機は午後二時半に関空に着いた。
  日にちにもよるのだが、夜行バスより飛行機代のほうが安く、関空から京都までのリムジンバス代を足しても、ほとんど前回とおなじ交通費で済んだ。
  リムジンバスをJR京都駅で降りた亜弓は、慣れた足取りで『鴨川探偵事務所』を目指している。
  「またお会いしましたな」
  すれ違いざまに僧侶が声を掛けてきた。前回道を訊ねた僧侶だ。
  「その節はありがとうございました。おかげさまでご縁をいただきました」「ほう。お若いかたやのに、じょうずに言わはりますな。按あん配ばいよう育ててくれはった親ごはんに感謝しなはれや」
  「はい」
  僧侶の言葉に、亜弓は思わず背筋を伸ばし、心を軽くした。
  口数の少ない父だから、しつけという言葉とは結び付かない。
  会社でひと仕事してから旅に出た亜弓は、グレーのスーツ姿で正面通を歩いた。
  「こんにちは」
  かたむきかけた日差しを受ける『鴨川食堂』の引き戸をゆっくりと引いた。
  「おこしやすぅ、ようこそ」
  前回と同じスタイルでこいしが迎えた。
  「わたしが余計なことを言ったばかりに、お父さまにはご無理をしてもらったんじゃないでしょうか。早く見つけだしていただいて、本当にありがたく思っています」亜弓は黒いハンドバッグをパイプ椅子に置いた。
  「気にせんといとぅくれやす。久しぶりにわしも新潟やら長岡の街を愉しませてもろたんでっさかい」
  作務衣姿の流が厨房から出てきて、茶色い和帽子を取った。
  「やっぱり行っていただいたんですね。ありがとうございます」姿勢を正した亜弓は深く頭を下げた。
  「すぐにご用意しまっさかい、お掛けになって待ってとぅくれやす」和帽子をかぶり直した流が、厨房へと戻っていくのをたしかめてから、亜弓はパイプ椅子に腰かけた。
  「今回はめずらしい、うちも連れて行ってくれはったんですよ。長岡てはじめてやったんですけど、落ち着いたええ街ですね。長岡系のラーメンも美味しかったですわ」こいしは亜弓の前のテーブルに黒漆の折お敷しきと錫すずの箸置きをセットした。
  「お口に合ってよかったです。ショウガが苦手な方には向かないみたいで」「うちもお父ちゃんもショウガが大好きやさかい」折敷の横に、砥と部べ焼の急須と唐から津つ焼の湯吞を置いて、こいしが笑みをうかべた。
  「わたしもショウガが大好きなんです。たまにお寿司屋さんに連れて行ってもらっても、ショウガばっかりお代わりを頼むので、彼が恥ずかしがるんです」「お付き合いは順調なんですか?」
  こいしが茶を注いだ。
  「来月になると、彼はすぐシドニーに行ってしまうので、今は会い貯だめっていう感じで、しょっちゅう会っています」
  「ええなぁ。春はる爛らん漫まんっていうとこですね」「おかげさまで今のところは。彼が行ってしまったあとのことを考えると、なんだか気が重くなりますけど」
  亜弓の瞳に薄雲が掛かった。
  「ちらし寿しを食べてもろて、雲がすっきり晴れたらええんですけど」「ありがとうございます」
  亜弓はテーブルに目を落としたまま、小さな吐息をもらした。
  「お酒はどうしはります」
  「今日はやめておきます。心して食べないといけませんから」「それもそうですね。心を決めはらんならん、だいじな食事やさかいに」「お待たせしましたな」
  急ぎ足で厨房から出てきた流は、銀盆に載った色絵の中皿を折敷の上に置いた。
  「これがあのときの……」
  覆いかぶさるようにして、亜弓が皿に盛られたちらし寿しを見つめている。
  「間違いない思います」
  銀盆を小脇にはさんで流が胸を張ると、横に立つこいしが大きくうなずいた。
  「ゆっくり召しあがってくださいね」
  「吸いもんをお付けしようか思うたんでっけど、ちらし寿しだけをしっかり味おうてもろたほうがええ思うたんで、お茶だけにしときます」言い置いて、流とこいしは連れ立って厨房に戻っていった。
  しんと静まり返った食堂の窓からは、夕陽が斜めに差し込んでいる。
  あらためてちらし寿しを眺めてみる。
  ふつうのちらし寿しは、こんもりと山形に盛ってあるように思うのだが、これは正方形のブロック形をしている。そう言えば、と亜弓はふいに思いだした。たしかにあの夜遅くに食べたちらし寿しは角張っていた。それを記憶に留とどめていなかったのは、酔って記憶を失なくしてしまったことに加えて、まさかという思いからだろう。父がちらし寿しを作るわけがないと思っていた。
  もしもこれが、あのとき父が用意していたものとおなじだとすれば、ますます謎が深まる。料理らしい料理をしたことがないと思っている父に、こんなちらし寿しを作れるだろうか。
  上に錦糸卵が散らしてあるのは、一般的なちらし寿しとおなじだ。カマボコやシイタケ、といった具材もふつうだが、紅ショウガはどうなのだろう。たいていピンク色の寿司ショウガが端っこに添えてあるような気がする。そしてグリンピースも目を引く。ふつうはキヌサヤとか木の芽が彩りとして使われているのではなかったか。
  そして横から見て驚いた。どうやら二層になっているようなのだ。真ん中にそぼろのような具がはさんである。こんなちらし寿しははじめて見た。
  しばらくじっと見つめていた亜弓は、気を取りなおしたように手を合わせ、箸を手に取った。
  左下の隅を箸で崩し、そっと口に運んだ。
  思ったよりも甘い。寿司飯そのものもだが、そぼろ状の具が甘辛く煮付けてあるようで、お菓子とまでは言わないが、それに近い甘さは、これまでに食べたちらし寿しとはまったく異なる味わいだ。
  その甘さがクセモノだと分かった。あとを引く味は箸を止まらなくさせる。休むことなく箸を動かした結果、ちらし寿しはあっという間に半分以下に減った。
  素朴と言えばこれ以上素朴なちらし寿しはないだろうと思う。
  「どないです? 少しは思いださはりましたか」気が付けば流がうしろに立っていた。
  「ほとんど覚えていないので、なんとも言えませんが、これまでに食べたことのない味で、とても美味しくいただいています」
  亜弓は無難に答えた。
  「よろしおした。足りんようやったら言うてください。まだようけありまっさかいに」「ひとつお訊きしてもいいですか?」
  亜弓が箸を置いた。
  「そない急せかはらんでもよろしいがな。ぜんぶ食べはったらお話させてもらいますんで」
  そう言って、流はまた厨房に戻っていった。
  ちらし寿しに目を戻した亜弓は、箸を持つ手を止めた。ちらし寿しを盛られた器に見覚えがあるような気がしたからである。
  蜘く蛛もの糸ほどしかない、微かすかな記憶の糸をたどっていくと、それは祖母が住んでいた伊根の家の茶の間につながった。
  夏の暑いさなかだったように記憶する。
  妹の亜希とふたりで、ひと切れ残ったケーキを取り合い、この皿を亜希と引っ張り合ったような気がする。
  たぶんどこの家庭でもおなじだろうが、こうした場合、たいていは妹に有利だ。お姉ちゃんなのだから、妹に譲ってあげなさいと言われるのが常だった。
  もしもあのときとおなじ器だったなら、皿の真ん中に桃の絵が描いてあるはずだ。
  残ったちらし寿しを横にずらしてみたが、残念ながら記憶にあるものとは違っていた。
  思い違いだったのだろうか。残ったちらし寿しに箸を伸ばした。
  それにしても美味しいちらし寿しだ。ふつうはこれほど甘いと食べ飽きるものだが、気が付けば口に運んでいる。そこそこの量があったと思うが、酢飯のひと粒も残さず食べ終えてしまった。
  箸を置いて手を合わせると、なぜか懐かしい思いが込みあげてきた。
  父とふたりで暮らすようになって、しばらく経った夏のこと。石いし地じの海水浴場へ父が連れて行ってくれたのだ。
  お昼どき、広い砂浜にござを敷いて、父親が食べさせてくれたのは笹寿司だった。
  笹に包まれた寿司は、ちょうどこんな味だった。煮付けたそぼろ、錦糸卵、紅ショウガ。笹寿司には山菜も入っていたように思うが、目を閉じて食べればおなじだ。お腹が減っていたせいもあるが、あっという間に食べ終えた。
  父はお腹が空すいていないからと言って、自分の分も食べさせてくれた。形こそ違えど、あのときの寿司とおなじ味がする。
  真っ青な空。ぎらぎらと照り付ける太陽、寄せては返すさざ波の音。水と戯れる子どものざわめき。息つくひまもなくかぶりついた笹寿司。
  知らず亜弓の頰を涙が伝った。
  「お代わりはどないです?」
  流が亜弓の前に立った。
  「もう充分いただきました。お話を聞かせてください」亜弓は白いハンカチで目頭を押さえた。
  「ほな失礼して座らせてもらいますわ」
  流が亜弓と向かい合ってパイプ椅子に腰かけた。
  「あの日父が用意していたのは、こんなちらし寿しだったんですね」「直接そう訊いたわけやおへんさかい、百パーセントとは言えまへんけど、九割がた間違いない思います」
  流が亜弓の目をまっすぐに見つめた。
  「父にはお会いいただいたのでしょうか?」
  亜弓が視線を返した。
  「お父さんがやってはる鯛焼き屋はんへ行かんことには、なんにもはじまりまへんさかいに、長岡へ行ってきました」
  流はタブレットの画面を亜弓に向けた。
  「ありがとうございます」
  店の外観写真には小さく父が写っている。
  亜弓が実家に帰るのは必ずといっていいほど、営業が終わってからなので、父が店で働く姿を近ごろはまったく見ていない。はっきりと表情までは見えないが、白衣を着て白い帽子をかぶった父の姿は、亜弓の瞳にまぶしく映る。
  「いっさい作り置きをしはらへんのですな。注文してから焼きあがるまで十分ほど待ちましたんで、そのあいだに世間話をさせてもらいましたんや」タブレットの画面には、鯛焼きを焼く父の手元が写しだされている。
  「なんとかして、ちらし寿しの話を訊かんとあきまへんのやが、なかなか切っ掛けがつかめまへん。あなたが言うてはったとおり、店の壁に鯛焼きの写真を何枚も貼ってはったんで、そのことを訊ねてみました。なんで貼ってはるんです? て」流が見せた画面には、壁一面に貼られた鯛焼きの写真が写っている。
  「わたしが見たのは何年も前ですが、ずいぶん増えましたね」「お父さんいわく、供養なんやそうです」
  「供養?」
  亜弓が首をかしげた。
  「お店をはじめはって最初のころは、作り置きしてはったそうで、売れ残った鯛焼きを哀れに思うて写真に撮って残したんが切っ掛けやて言うてはりました。それもあって注文があってから焼くようにしたんやそうです。それでもときどき、電話で注文を受けたのに、取りに来ん客があるみたいですな。引き取り手のない鯛焼きが恨めしそうに、お父さんのほうを見とるらしいて、写真におさめて供養してはるんですわ」「そうだったんですか。そんな話は一度もしてくれませんでした」「父親としては気恥ずかしいんでっしゃろ」
  「そういうものなのですか」
  亜弓は細めた目で画面をじっと見つめている。
  「ええ話やなぁと思うて、鯛焼きの写真を眺めとったら、一番隅っこにちらし寿しの写真が貼ってありますねん」
  「まさかそれが……」
  亜弓が顔を上げた。
  「これがその写真ですわ」
  画面をタップして、流が拡大して見せた。
  「さっき食べたのと……」
  亜弓が息を吞のんだ。
  「覗きこまんと見えんとこに貼ってあるさかい、なんぞわけがあるんやろうと思うて、聞いてみましたんや」
  「父はなんて?」
  亜弓が前のめりになった。
  「これも供養やて言うてはりました」
  「どういう意味でしょう」
  亜弓は顔をしかめている。
  「鯛焼きとおんなじで、食べてもらえなんだちらし寿しを供養するために、写さはったんやそうです」
  「わたしが食べずに飲みに出て行ったからですね」「食べ残したちらし寿しを朝になって捨ててしまわはったさかい、お父さんはあなたが食べんと捨てたと思わはったんですやろな。せっかく作ったのに、哀かなしい思いでしたやろな」
  「と言うことは、やっぱり父が自分で作った?」亜弓が大きく開いた目をまばたかせると、流はこくりとうなずいた。
  「あなたのことはいっさい言わんと、それとのう探りを入れるのに、ちょこっと難儀しましたけど、お手製やったということは訊きだしました。うろ覚えやったちらし寿しを作ったんは、あとにも先にもそのときいっぺん切りやそうです。自分が故郷を離れるときに、母親が作って門出を祝ってくれたちらし寿しや、とも言うてはりました」「そうでしたか。そんな思いで父が用意してくれてたなんて、ちっとも知らずにわたしは……」
  亜弓は充血した目を潤ませている。
  「調べてみましたら、丹後のばら寿司て言うて、丹後地方近辺では、お祝いごとやなんかのハレの日に、このばら寿司を作る習慣があるんやそうです」流が向けた画面には、さっき食べたのとおなじようなちらし寿しの写真とともに、ばら寿司の解説が書いてある。
  「それならそうと言ってくれればいいのに」
  亜弓が悔しそうに唇を嚙んだ。
  「うちのお父ちゃんも似たようなことあります。へんに意地を張ってはるんや思います」いつの間にかこいしが亜弓のうしろに立っていた。
  「意地張ってるんやない。余計なこと言わんようにしとるだけや」「それを意地張ってるて言うんやんか」
  ふたりのやり取りを聞いて、亜弓は心底うらやましく思った。
  父が離婚してからの環境が、互いを遠慮がちにさせてきた。気持ちを言葉にすることなく、真意を探りあうような、互いにおかしな気遣いをしてきたのだ。
  「お父さんに訊いただけやのうて、丹後地方で食べられとる、ごく一般的なばら寿司を作らしてもらいました。わしなりにアレンジして、レシピを書いときましたんで参考にしてください。家庭で作るもんやさかいに、そない難しいもんやおへん」「ありがとうございます。わたしが作ることはないと思いますが」ファイルケースを受けとって、亜弓が苦笑いした。
  「お父さんの気持ちが分かってよかったですね」こいしが口もとをゆるめた。
  「あの父がちらし寿しを作っただなんて、まだ信じられませんが」「それぐらい思いが強かったんですやろ。小学校のころから男手ひとつで育ててきはったあなたが、巣立っていくんやと。お父さんは自分のなかでもひと区切り付けたかったんやないかと思います」
  「お父ちゃんぐらいの年代の男の人て、気持ちを伝えるのがへたなんですわ」「また余分なこと言うとる」
  流がこいしをにらみつけた。
  「形が四角いのには何か理由があるのでしょうか?」亜弓が訊いた。
  「松まつ蓋ぶたっちゅう浅い木箱に、寿司飯を薄ぅ敷いて、サバを甘あま辛かろう煮つけたおぼろをちらしてから、その上にまた寿司飯を敷いて、サバのおぼろやら、カマボコやとか錦糸卵、青豆、紅ショウガをちらして作るんですわ。むかしは松蓋に詰めてから重しで押して、熟なれさせとったみたいです。保存性をようするために空気を抜いたんでっしゃろ。今は重しをせんと軽ぅ押さえるのがふつうやと聞きました。松蓋っちゅう木箱を使うたさかい四角うなったんですな」
  「今サバのおぼろっておっしゃいませんでした?」亜弓が顔色を青くした。
  「ふつうはサバやけど、お父さんが作らはったんはタイのおぼろやったそうですさかい、わしもそれに倣いました。門出を祝う方がサバアレルギーやったらしいでっせ」流が相好をくずした。
  「そこまで気ぃ遣つこうて作ったんやったら、そう言うたらええのに。そしたら出来合いの握り鮨と違うて、亜弓さんも喜んでそっちを食べはったやろに」こいしがそう言うと、亜弓は何度も首を縦に振って瞳を潤ませた。
  「ええ人ほど不器用なんや」
  流がぽつりとつぶやいた。
  「ありがとうございます」
  亜弓の目尻から涙があふれた。
  「お父ちゃんはきっと自分に重ねて言うてはるんですよ」こいしが亜弓の耳元でささやいた。
  「こいし!」
  流が声を荒らげると亜弓はこいしと顔を見合わせて小さく笑った。
  「本当にありがとうございました。この前の食事代と併せて、探偵料のお支払いを」亜弓がハンドバッグから財布を取りだした。
  「特に金額は決めてません。お気持ちに見み合おうた分をこちらの口座に振り込んでください」
  こいしがメモ用紙を亜弓に手渡した。
  「分かりました。早急に振り込ませていただきます」ふたつに折って亜弓が財布にメモを仕舞った。
  「うまいこといったらよろしいね」
  「はい」
  こいしが掛けた言葉に、亜弓はきっぱりと返した。
  店を出た亜弓の足元にトラ猫がすり寄ってきた。
  「かわいい猫ちゃんですね」
  亜弓が屈かがみこんで背中を撫でた。
  「ひるねていう名前を付けてるんですけど、飼い猫と違うんですよ。お父ちゃんが、食べもん商売の店に猫は入れられへんて」
  「うちもそうでした。米屋をやってるときに、子犬を飼いたいと言ったんですが、頑として受け入れてくれませんでした。おなじ理由だったと思います」亜弓がひるねの喉をさすった。
  「そういうとこもよう似てはるんや」
  こいしがペロッと舌を出した。
  「帰りも飛行機でっか?」
  「せっかくなので今日は京都に一泊して、明日のフライトで帰ろうと思っています」亜弓はゆっくりと立ちあがった。
  「ご安全に」
  流が笑みを向けると、亜弓は正面通を西に向かって歩きはじめた。
  「ええ結果が出るようにお祈りしてます」
  こいしが声を掛けると、亜弓は立ちどまって一礼した。
  こいしと流が背中を見送っていると、突然立ちどまって、亜弓が戻ってきた。
  「忘れもんでっか?」
  「ひとつお訊きするのを忘れたのですが」
  「なんですやろ」
  「うちの地方には笹寿司という郷土料理があるのですがご存じですか?」「空港の売店にも売っとりましたんで、買うて食べてみたんでっけど、なかなか美味しい寿司でした」
  「あれにもおぼろが入っていたように思うのですが、やっぱりサバのおぼろでしょうか」「あれはサケのおぼろやそうです」
  流がにこりと笑った。
  「そうでしたか」
  亜弓もおなじような笑顔を返した。
  「縁っちゅうのは不思議なもんですな。丹後のばら寿司と似たような味の寿司が新潟にもあるんやさかい」
  「ほんとうに」
  暮れはじめた空を見上げて、亜弓はまた歩きはじめ、背中を少しずつ小さくしていった。
  見送ってふたりは食堂に戻った。
  「亜弓さん、どないしはるんやろなぁ」
  こいしがダスターでテーブルを拭く。
  「神のみぞ知る、っちゅうやつやな」
  カウンター席に腰かけて流が新聞を開いた。
  「うちやったらどうするかなぁ」
  「好きにしたらええがな」
  「お父ちゃんをひとり放っとけへんし」
  こいしが掬子の写真に目を遣った。
  「人間は誰でも最後はひとりや」
  新聞をたたんで流が仏壇に向かった。
  「お母ちゃんはどない言わはるやろ」
  こいしがあとに続く。
  「こいしの好きにしたらええ、て言いよるに決まっとる」流が線香をあげた。
  「寂しがりやのに、強がるんやさかい。な? お母ちゃん」こいしは手を合わせて目を閉じた。
 
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