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第二卷 第一話  海苔弁 1

时间: 2024-03-05    进入日语论坛
核心提示:  第一話  海苔弁  1  京阪本線の七条駅で特急電車を降りた北きた野の恭介きょうすけは、地上に出て鴨かも川がわの流れ
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  第一話  海苔弁
  1
  京阪本線の七条駅で特急電車を降りた北きた野の恭介きょうすけは、地上に出て鴨かも川がわの流れを見渡した。大分から大阪に移り住んで五年になるが、京都へ来るのは初めてだ。
  白いポロシャツの袖口からはみ出る二の腕に、大学の名がプリントされた、紺色のボストンバッグの持ち手が食い込む。太い首には幾筋も汗が流れる。鴨川の水面から照り返す陽ひ射ざしに、恭介は顔をしかめながら、地図を片手に西へ向かって歩き出した。
  河原かわら町まち通を越えたところで、恭介は地図を何度も回し、それに合わせて身体からだの向きを変えた。目を左右に忙せわしなく動かし、首をかしげる。
  「すみません。東本願寺て、どっちに行けばええんですか」岡持ちを下げ、自転車にまたがる男に訊きいた。
  「東本願寺やったら、真まっ直すぐ行ったらええ。烏から丸すま通渡って右や」西を指差した後、男はペダルを踏んだ。
  「正しょう面めん通に面した食堂へ行きたいんですが」走り出した自転車を追いかけて、恭介が訊いた。
  「鴨川はんとこか?」
  ペダルから足を離して、男が訊いた。
  「そうです、そうです。『鴨川食堂』」
  恭介が地図を見せた。
  「それやったら三筋目を右に曲がって、二筋目を左。左側の五軒目や」きっぱりと言って、男の自転車は走り去った。
  「ありがとうございます」
  大きな声を上げて、恭介はその背中に最敬礼した。
  指折り数えながら、通りを越え、やがて目指す店に辿たどり着いた。看板などは一切なく、素っ気ないモルタル造りの二階屋。聞いていたとおりの店構えだ。恭介は、胸に手を当て、三度ほども大きく深呼吸した。
  「こんにちは」
  引き戸を開けると同時に、恭介は大きな声を上げた。
  「いらっしゃい」
  カウンターを拭きながら店の主あるじが振り向いた。意外にも人懐っこい顔だ。
  「食を捜していただきたくて参りました」
  声を上ずらせ、恭介が頭を下げた。
  「そない緊張しはらんでも、取って食べたりはしまへん。どうぞおかけください」微笑ほほえんで、主の鴨川流ながれがパイプ椅子を奨すすめた。
  「ありがとうございます。失礼します」
  ホッとしながらも、ロボットのような動きをして、恭介は赤いビニールシートに座った。
  「メシはどないです? お腹なかの具合は」
  流が訊いた。
  「何かいただ、いただける、んですか」
  恭介は口を強こわばらせ、舌を噛かみそうになった。
  「せっかく来てもろたんやさかい、食を捜す前になんぞ食べてもらわんと」言い置いて、流が厨房ちゅうぼうに向かった。
  「学生さんでしょ。バリバリの運動部員。そやなぁ、剣道か柔道。違う?」ブラックジーンズに白いシャツを羽織り、ソムリエエプロンを着けた流の娘、こいしが訊いた。恭介に冷茶を淹れる。
  「ちょっと違います」
  恭介がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
  「けど、この筋肉は武道で鍛えたんやろ?」
  こいしが恭介の二の腕を掴つかんだ。
  「もうちょっとヤワです」
  グラスの冷茶を飲み干し、恭介は氷を噛みくだいた。
  「京都の学生さん?」
  「いえ、大阪から来ました。近畿体育大学の北野恭介です」立ち上がって恭介が挨拶した。
  「どっかで見たことあるなぁ」
  こいしがまじまじと恭介の顔を見る。
  「どこにでもある顔なんと違いますか」
  照れたように恭介が白い歯を見せた。
  「うちのことはどうして知らはったん?」
  「今は大学の寮に住んでいて、毎日メシはその寮で食べています。僕が昔食べたご飯のことを話したら、ァ∶チャンが作ってくれたんです。でも、昔の味とは違って……。ァ∶チャンにそう言うと、ここのことを教えてくれたんです。『料理春秋』という雑誌の広告を見せてくれて」
  「そうやったん」
  こいしがテーブルを念入りに拭いた。
  「これでも若い人には物足りんかもしれんなぁ」ひとりごちてからアルミのトレーに載せて、流が料理を運んで来た。
  「足らなんだら言うてくださいや」
  トレーごとテーブルに置いた。
  「凄すごいです」
  鼻息を荒くして、恭介は料理に見入っている。
  「ご飯は山形のつや姫。大盛りにしてます。おつゆは豚汁にしました。わざわざ京野菜というほどやおへんけど、根菜もようけ入ってます。大皿のおかずは和食と洋食の折衷ですわ。鱧はもに梅肉と大葉を挟んでフライにしてます。万願寺とうがらしも一緒に揚げてます。わしが作ったウスターソースを掛けて召し上がってください。小鉢に入っているのは鯖さばの味み噌そ煮に。ミョウガを刻んで添えてあります。京都牛のローストビーフは山葵わさび醤じょ油うゆを付けて焼やき海の苔りで巻いて食うたら旨うまいです。夏鴨はつくねに丸めて、照焼きにしてます。うずら玉子の黄身を絡めて食べてください。冷ひや奴やっこの上に載ってるのは刻んだ鱧皮。揚げた賀か茂も茄な子すにはカレー餡あんを掛けてます。どうぞ、ごゆっくり」
  流の説明に何度もうなずきながら、恭介は舌なめずりした。
  「いっつもこんな贅ぜい沢たくなまかない食べてへんのよ。久しぶりに若い男の人が来はったから、お父ちゃん張り切らはったんやわ」「余計なこと言わんでええ」
  ぺろっと舌を出したこいしは、流に引きずられるようにして、厨房に引っ込んでいった。
  うなずきながら説明を聞いていたものの、思いもかけない料理を前にして、何がなんだかさっぱり分からない。鱧だとか鯖だとかは、魚の名前だと分かるのだが、どんな味なのか見当もつかない。ウスターソース、ローストビーフ、カレーなど、馴な染じみのある言葉にホッとしたが、それすらも恭介が普段口にしているものとは、まるで様子が違う。
  十数秒ほども黙想した後、左手に飯めし茶ぢゃ碗わんをしっかりと持ち、右手の箸で鴨のつくねを取り、小鉢のうずら卵の黄身に絡めてご飯に載せ、ポイと口に運んだ。
  「ウマイ」
  即座に声を上げ、鱧のフライ、ローストビーフ、と矢継ぎ早に箸を伸ばし、口に入れるたびに小さなうなり声を上げた。
  比較するものを持たない恭介には、正直なところ、この料理がどんなレベルなのかは分からない。だが肌で感じるそれは、世界のトップアスリートたちから伝わって来るオーラのようなものと同じだと思った。自分が今食べているものは、とんでもなく凄いものだということだけは分かったような気がした。
  「お口に合いますかいな」
  冷茶の入ったガラスポットを持って、流が恭介の傍そばに立った。
  「どう言うてええか、言葉を知らんのですけど。美お味いしいことは間違いないです。僕みたいな味音痴でもそれだけは分かります」
  「何よりです。わしら料理人は一回勝負ですさかいに。食べてもろてお気に召さなんだら、次はありませんのや。気に入ってもろたら、二回戦もありますけどな」茶を注ぎながら流が言った。
  恭介は流の言葉を心のなかで何度も噛みしめている。
  「お腹が落ち着かはったら、奥の事務所にご案内します。娘が待っとりますんで」「そのことですけど」
  恭介が冷茶を一気に飲み干して続ける。
  「もうええかなと思ってます」
  「どういうことですんや。それが目的でしたんやろ?」流が冷茶を注いだ。
  「こんなに美味しい料理をいただいたら、もう、どうでもええような気がして来て……」恭介は掌てのひらでグラスを弄んでいる。
  「わしには、よう分かりまへんけど、おたくは美食を捜そうと思うて、うちを訪ねて来はったんやない。胸の奥の深いところに、モヤモヤしとる食を捜そうと思うて来はったんですやろ。そのモヤモヤは綺き麗れいに晴れましたんか」流が問うた。
  「でも、僕が捜してもらいたいのは、料理とも言えないような、粗末なものなので」恭介は顔を上げることなく答えた。
  「どんな食いもんのことを言うてはるのか、わしには分かりまへんけど、食に粗末も贅沢もありまへん」
  流が真っ直ぐに恭介の目を見据えた。
  流の言葉にじっと聞き入っていた恭介は、両の掌で頬を二、三度叩たたいた。
  「お願いします」
  恭介が立ち上がった。
  「どうぞ。こっちです」
  微笑んで、流が奥のドアを指した。
  「これは?」
  廊下の両側の壁に貼られた写真に恭介が目を留めた。
  「たいていはわしが作った料理です」
  ゆっくり歩きながら流が言った。
  「なんでも作れるんですね」
  後ろを歩く恭介が忙しなく左右に目を動かす。
  「なんでも作れる、いうのは特に秀でた料理がないとも言えます。どれかひとつに絞り込んどったら今頃は星付きの料理人になれてたかもしれまへんな」立ち止まって流が振り向いた。
  「どれかひとつ……ですか」
  恭介も立ち止まって、天井を仰いだ。
  「どうかしましたか」
  流が訊いた。
  「いえ」
  恭介は大股で歩き始めた。
  「どうぞお掛けください」
  奥の部屋では、こいしが待ち構えていた。
  「失礼します」
  一礼して恭介がロングソファの真ん中に腰を下ろした。
  「簡単でええから、ここに記入してくれるかな」向かい合って座るこいしがバインダーを差し出した。
  「依頼書ですか。字がへたなんで、ちゃんと読んでもらえるかなぁ」ボールペンを走らせながら、恭介が何度も首をかしげる。
  「近体大の北野恭介……。そや、思い出した」手を打って、こいしが大きな声を上げた。
  「びっくりしたぁ」
  恭介が目を白黒させる。
  「水泳の選手でしょ? 期待のホープやて週刊誌で見ましたよ」こいしが目を輝かせた。
  「ホープやなんて」
  恭介が照れ笑いを浮かべて、バインダーをこいしに手渡した。
  「次のァ£ンピックにも出はるんでしょ?」
  依頼書に目を通しながら、こいしが訊いた。
  「選考会の記録次第です」
  恭介が背筋を伸ばした。
  「たしか自由形から背泳までオールマイティーやったわね」「どれかに絞った方がいいと言われてはいるんやけど」「がんばってくださいね。で、何を捜したらええんです?」こいしが口元を引き締めた。
  「恥ずかしい話、海苔弁を捜して欲しいんです」うつむき加減の恭介が、小さな声で答えた。
  「海苔弁て言うたら、ご飯の上に海苔が載って、魚フライとちくわ天がおかずになってる、あのホカ弁のこと?」
  「いえ。おかずはありません。ご飯の上に海苔が敷き詰めてあるだけの……」恭介の声は更に小さくなった。
  「海苔だけ? おかずなしで?」
  こいしが身を乗り出した。
  「はい」
  大きな身体を縮めて、恭介が消え入るような声で答えた。
  「お店で食べた……んとは違うよね」
  こいしが恭介の顔を覗のぞき込む。
  「ァ′ジが作ってくれたんです」
  「お父さんのお手製なんや。けど、それやったらお父さんに訊いた方が早いのと違う?
  実家は大分県大分市やろ。そない遠いことないやん」「ァ′ジとは五年以上前から連絡を取ってへんのです」恭介が声を落とした。
  「何ど処こに居はるかもわからへんの?」
  「島根やとは聞いてるんですけど」
  「島根? なんでまた」
  こいしが目を剥むいた。
  「ァ′ジはギャンブル中毒やったんです。ァ≌クロが家を出たのもそれが原因でした。病気になっても医者代が惜しいと言って、有り金全部を競輪につぎ込んだりしてました。そのツケがまわって来たんでしょう。島根の叔母の家に厄介になって療養しているらしいです」
  恭介が哀かなしげな声を出した。
  「お父さんは島根在住、と。お母さんは何処に?」ペンを走らせて、こいしが顔を上げた。
  「ァ≌クロは再婚して、熊本に住んでいます」「お母さんが出て行かはったんはいつのことなん?」「僕が大分第三中学に入って最初の夏休みやったので、十年くらい前になるんですかね。
  家族旅行のためにァ≌クロが貯ためていたお金を、ァ′ジが全部競馬につぎ込んでしまったんです。妹は母と一緒に家を出たんですけど、僕はァ′ジをひとりにさせるのが可哀かわいそうに思えて……」
  「それでお父さんとふたりで暮らしてはったんやね。お仕事は?」こいしがノートのページを繰った。
  「大分では観光タクシーの運転手をしてました。て言うても競馬やら競輪に費やす時間のほうが長かったと思いますけど」
  恭介が苦笑いを浮かべた。
  「ちょっと話を整理するわね。大分であなたが中学に入るまでは、親子四人で暮らしてはった。そして中一の夏休みにお母さんと妹さんが家を出はった後、お父さんとふたりで暮らしてた。で、現住所は大阪市になってるけど、いつまで大分に居たん?」「高校二年生の夏に、大阪の水泳クラブから誘われて、近体大の付属高校に転校しました。それからはずっと寮生活です」
  「ということは、お父さんとふたりで暮らしたんは四年間かな」こいしが指を折った。
  「大分の高校は食堂があったので、昼はたいていそこで食べてましたけど、中学の三年間は毎日ァ′ジが弁当を作ってくれました」
  「その中に海苔弁があったんやね」
  「海苔弁があったんと違うて、ずっと海苔弁やったんです」恭介が口の端で笑う。
  「ずっと、て毎日ていうこと?」
  こいしの口はポカンと開いたままだ。
  「僕がいかんのです。ァ′ジが初めて弁当を作ってくれて、それを僕がほめたんです。メチャクチャ旨いって。それでァ′ジも喜んで、よし、毎日これを作ってやるって」恭介はいくらか哀しげな表情を見せた。
  「お父さん、真っ直ぐな人なんやね」
  こいしがため息を吐ついた。
  「毎日毎日海苔弁ばかり続いて、友達から冷やかされるようになったんで、蓋で隠してすぐに食べてしまう習慣が付いてしまいました。せやから味はあんまり覚えてないんです。
  けど美味しかったんは間違いありません」
  恭介は言葉に力を込めた。
  「ホカ弁屋さんの海苔弁しか食べたことないから、ようわからへんのやけど、おかずが無かったら、ホンマに海苔だけなん? ァ~カをご飯の間に挟んであって……」こいしがノートにイラストを書いて、恭介に見せた。
  「こんな感じですけど、ァ′ジが作ってくれたんは三層になってました。一番下がご飯で、真ん中が醤油味のカツオ節、その上に海苔。一番上に大きい梅干しが一個。毎日まったく同じでした」
  恭介がイラストを描き足した。
  「味に何か特徴はないん? 甘いとか辛いとか」「味は普通やったと思います。特に甘くも辛くもない。ただ、なんとなくパサパサしてたような気がします」
  恭介がイラストをじっと見つめた。
  「パサパサしてたら美味しいないように思うけど。海苔とァ~カがしっとりしてんとアカンのと違うかなぁ」
  こいしが首をかしげた。
  「ときどき、なんとなく酸っぱいような」
  恭介が苦笑いした。
  「それ、腐ってたんと違う? まぁ冗談は置いといて、ご飯とァ~カと海苔だけの弁当やったら、簡単に作れるはずやん」
  こいしがイラストを指でなぞった。
  「僕もそう思うて、寮の食堂のァ∶チャンに作ってもろたんですけど、なんか違うんです。食べてるうちに飽きて来る。ァ′ジの海苔弁は一気に食えたんです。いつも気が付いたら弁当箱が空になってた」
  恭介が熱弁を振るう。
  「若かったしと違うかなぁ。お昼は海苔弁しかなかったんやろ? 友達に見られんように一気に食べた、てさっき言うてたやん」
  恭介とは対照的に、こいしは冷めた口調で言った。
  「そうかもしれませんけど」
  恭介の言葉から力強さが失うせた。
  「お父さんは昔から料理を?」
  「ァ≌クロと一緒の頃は、ァ′ジが台所に立っている姿なんか見たことありませんでした」
  「せやから海苔弁一いっ本ぽん槍やりやったんか……。けど、なんで今になって、その海苔弁を捜そうて思うたん?」
  「叔母から連絡があったんです。かなりァ′ジが弱って来たので、一度会いに来てあげて欲しいと……」
  「会いに行ったげたらええやん。中学の時は美味しいお弁当を毎日作ってくれてありがとう、て」
  「面倒なせいで、毎日同じ海苔弁やったとしたら、会いたくないんです」恭介が眉を曇らせた。
  「それでも会おうたげたらええと思うけどなぁ」こいしは肩をすくめた。
  「ァ′ジがどんな海苔弁を毎日作ってたか。それをたしかめたら、あの頃どういう気持ちやったかが、分かるんやないかと思うんです」恭介が唇を一文字に結んだ。
  「気持ちよう会えるように、がんばって捜すわ。と言うてもお父ちゃん頼みなんやけどね」
  こいしが舌を出した。
  「よろしくお願いします」
  アスリートらしく大きな声を出し、恭介は立ち上がって一礼した。
  こいしと恭介が店に戻って来たのを見て、流は吊つり棚のテレビをリモコンで消した。
  「あんじょうお聞きしたんか」
  「ちゃんと聞いたんやけど、ちょっと今回は難しいかもしれんで」こいしが答えた。
  「今回は、ていっつもやないか。どないなもんでも精一杯捜すしかないがな。そない変わったもんか?」
  流がこいしに訊いた。
  「海苔弁やねん」
  こいしが答えると恭介は肩を縮めて、半笑いをした。
  「そういう単純な食いもんほど捜すの難しいんや」流の言葉に恭介の顔から笑みが消えた。
  「大丈夫。心配せんでも、お父ちゃんは、ちゃんと捜してくれはる」こいしが恭介の背中を叩いた。
  「よろしくお願いします」
  恭介がふたりに勢いよく頭を下げて、店の引き戸を開けた。
  「こら。入って来たらアカンぞ」
  足元に駆け寄ってきたトラ猫を流が追い払った。
  「大分に住んでいるときはウチもトラ猫を飼ってたんです。なんていう名前ですか」「ひるねて言うんです。いっつも昼寝してるから」こいしが手招きすると、流の顔色を窺うかがいながら、ひるねがおそるおそる近寄って来た。
  「そうや。次はいつ来たらええのか、聞いてなかった」肩に掛けたボストンバッグを地面におろし、恭介がスマートフォンを取り出した。
  「二週間後でどうです?」
  流が言った。
  「来週の後半から京都合宿に入りますので、ちょうどいいです」ディスプレイに指を滑らせて、恭介が日程をたしかめた。
  「念のために携帯の方に連絡しますね」
  ひるねを抱き上げて、こいしが言った。
  「ありがとうございます」
  スマートフォンを仕舞って、恭介が西に向かって歩き始めた。
  「京阪乗るんやったら反対よ」
  こいしの言葉に足を止めて、恭介が踵きびすを返した。
  「小さいときから方向音痴なんです」
  照れ笑いを浮かべながら、恭介がふたりの前を通り過ぎた。
  「お気をつけて」
  流が背中に声を掛けると、恭介の足が止まった。
  「お支払いするのを忘れてました」
  頭をかきながら恭介が戻って来た。
  「この次でええわよ。探偵料と一緒にもらうし」「いくらくらい用意したら」
  上目遣いに恭介がこいしの顔を覗き込んだ。
  「そない無茶は言いまへん」
  流が言った。
  「よろしくお願いします」
  一礼して恭介が足早に去って行った。
  背中を見送って、流とこいしは店に戻る。ひるねが気だるい鳴き声をあげた。
  「北野くんと海苔弁かぁ。意外な取り合わせやね」こいしが丁寧にテーブルを拭いた。
  「北野くんて、えらい親しそうに言うやないか。友達かい」カウンター席にこし掛けて、流がノートを開いた。
  「あれ? お父ちゃん、気付いてへんかったん?」こいしが手を止めた。
  「気付くて、何をやねん」
  表情を変えることなく、流はノートの頁ページを繰っている。
  「水泳の選手やんか。ァ£ンピック候補の。背泳もバタフライも自由形も全部得意なんよ」
  こいしがクロールを真ま似ねた。
  「そうかいな。相手が誰であっても、わしは一生懸命に捜すだけや」吊り棚から流は地図を取り出した。
  「そらそうやけど」
  こいしが両頬を膨らせた。
  「大分か。関アジに関サバ、ウマイもんだらけやな。ちょっと行って来るか」「ええなぁ。うちも一緒に行こかな」
  「おみやげ買うてきたるさかいに、おとなしい留守番しとけ。家空けたらお母ちゃん、寂しがりよるがな」
  流の言葉に、こいしは肩をすくめた。
 
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