NHKの授業は、養成も終りに近づいて来て、熱が入って来た。�テレビのための専属俳優�という珍《めず》らしさから、新聞、雑誌の取材、というのも、少しずつ始まって来た。
そんな中で、トットの仕事が、増えた。
それは、授業中に、一番、先生の近くに座《すわ》ってるトットが、その日、最後の授業の先生の懐中時計を少し進ませて、授業を早目に終らせる、という役目を、同級のみんなから、おおせつかったことだった。最初、トットが、これをやったのは、あの「トットさま」と、体を半身にして歩いてくる朗読、物語の、大岡先生の時間だった。先生|方《がた》は、みんな、鎖《くさり》のついた懐中時計、または、NHKの紐《ひも》つきの、ストップ・ウォッチを、まず机の上の自分の目の前に置くと、授業を始めた。教室は、旅館の日本間で、畳《たたみ》の上に、長い机が並《なら》んでいて、十七人の生徒が、その机のまわりをとりかこむ形で、トットは、先生の右手の角に座っていたから、時計は、目の前だった。大岡先生のは、金色で、長い鎖がついてる懐中時計だった。トットは、始めは、全く悪意はなく、なんとなく、(手にとってみたいなあー)って思ったから、先生が話してる間に、鎖の端《はし》っこに手をかけて、ソロソロと、引っぱってみた。静かに、ゆっくりと。だいたい三十センチくらいの距離《きより》だから、そう難かしくはなかった。ほとんど自分の前まで引っぱって来たとき、パッ! と、畳にすわってる、自分のスカートの膝《ひざ》の間に落しちゃう、という、やりかたが成功した。大きな金色の竜頭《りゆうず》をいじってるうちに、
(少し進ませれば、早く終るのに!)
という、悪魔《あくま》のささやきが聞こえた。十五分進ませてみた。返すほうが大変だったけど、全く見つからずに、元のところに、もどせた。そのうち大岡先生は、時計を見ると、
「あら、今日はこれで、終りにしましょう」
といった。トットは、急に良心が痛んだ。今日一日、先生が、この時計で生活したら、気の毒だ! そこで、誰《だれ》かが先生にセリフのことで質問しに来たスキに、大忙《おおいそ》がしで、十五分、もどして、机に置いた。この話を、得意になって同級生にしたものだから、みんなは、すっかり喜こんで、少し早目に終ってほしい授業のときは、「頼《たの》む!」という話になった。以来、トットは、みんなの注文に応じて、だいたい、十五分くらい進ませた。数学が得意じゃないトットが、半端《はんぱ》な数のときに十五分進ませるのは大変で、一度などは、何度も進ませたり、もどしたりしてるうちに、わかんなくなって、適当にして、机にもどしたら、その日は、いつまで経《た》っても授業が終らなくて、みんなに、あとから文句をいわれた。調べてみたら、間違《まちが》って、二十分も、遅《おく》らせちゃったのだった。以来、半端な数のときは、机の下に、ノートを置いて、足し算をしてから、進ませた。
ただ、トットが、どんな困難を排《はい》しても、やったことは、授業が終ったとき、必らず十五分、もとに、もどす、ということだった。
スリでも、スルより、もどす[#「もどす」に傍点]のが難かしい、といわれているように、ソソクサと帰ろうとする先生の時計を、間違いなく十五分、もとにもどしておく、というのは、かなりの技術と才覚を必要とした。でも、どこか手際《てぎわ》がいいのか、必ず成功した。いまだから白状するけど、養成の終りの三ヶ月くらいは、ほとんど、毎日、先生方は、疑うこともなく、早く授業を終らせて下さっていたんだ。でも、それが、同級生の誰よりも、セリフが下手で、みんなに教えてもらっていたトットが、唯一《ゆいいつ》、みんなにお返し出来た、というか、感謝されたのが、この懐中時計の、一件だった。