「趣味《しゆみ》、相撲《すもう》」
NHKにも、いろんな変ってる面白《おもしろ》い人がいる、って、トットにも、段々わかってきた。一番、トットが気に入ったのは、衣裳係《いしようがか》りの、小池さん、という男の人だった。この人は、NHKに入るとき提出する書類に、こう書きこんだというので、有名だった。
「あなたの趣味は」という欄《らん》に、
「相撲」
と書いた。これは、まあ、わかるけど、次の、
「特技は?」
という欄に書いたことが、変っていた。
普通なら、衣裳さんとして入るんだから、「日本|舞踊《ぶよう》」とか、「車の運転」とか、書くのだろうに、小池さんは、
「うわ手投げ」
と書いた。それでボーナスの額が、他の人より少なかった。と冗談《じようだん》をいう人が、いたくらいだった。それから、アナウンサーで、恐《おそ》ろしい間違《まちが》いをする人がいた。この人は、後にディレクターに変わり、優秀《ゆうしゆう》なラジオのプロデューサーになった。名前は、高島さん、といった。なにしろ、アナウンサーのとき、ニュースの前の数秒間に、例えば、
「火の元には、充分《じゆうぶん》、お気をつけ下さい」
とか、そういう、一口メモ的なことをいう時、
「税金は、進んで滞納《たいのう》しましょう」
と、いっちゃった。そして、訂正《ていせい》をするヒマもなく、
「ピ・ピ・ピ・ピーン・七時のニュースをお知らせします」と、ニュースになってしまった。
また、その頃《ころ》、NHKは、音楽のレコードを、かけ間違うと、アナウンサーが謝《あや》まるのだけれど、
「ただいま、間違ったレコードを、かけてしまいました。失礼いたしました」
と、いわずに、なぜか、
「ただいま、間違ったレコードの上に、針を、おろしてしまいました。失礼いたしました」
と、いうことに決まっていた。この高島さんは、正直で、こういう遠まわしの、いいかたに抵抗《ていこう》があったためか、こんな風に、なってしまった。
「失礼いたしました。ただいま、間違った針がレコードに……いや、失礼いたしました、間違ったレコードが、針に……いや、失礼いたしました、間違った針を、レコードが、いや、失礼……」
といってるうちに、またもや、
「ピ・ピ・ピ・ピーン」に、なってしまった。
そして、もう一つ。これは、「自分ではない」と高島さんは否定したけれど、こういう放送をしたアナウンサーもいた。休み時間に、マージャンをして、割と時間ギリギリに、天気予報のスタジオに馳《か》けこんで、こういった。
「明日《あす》は、|トン≪東≫|ナン≪南≫の風!」
トットは、マージャンはやらないけれど、「東南」を、「トンナン」ということぐらいは、知っていたので、ありそうなことだ、と思った。でも、トットは、この高島さんが、やさしくて、えばらなくて、大好きだった。
アナウンサーといえば、いつも、お相撲を中継《ちゆうけい》してる人が、人手が足りないとき、バスケットボールの中継をして、
「土俵の下からの、大きなシュートです」
というのを、トットは聞いたことがある。でも、あまり堂々としているので、間違ってるようには、聞こえなかった。
こんな風に、失敗をするのが、自分だけじゃない、と知ると、トットは、少し安心するのだった。