テレビのナマ放送というのは、本当に、思いがけないことが起る。今日も、そうだった。トットは、東北の農村の娘《むすめ》の役で、お祖父《じい》さんは、左卜全《ひだりぼくぜん》さんだった。
「ヤン坊《ぼう》ニン坊トン坊」での、デビューということで、通行人の役より少し、いい役をするように、なっていた。この娘は、都会に憧《あこが》れていて、今日も今日とて、自分の家の縁側《えんがわ》に立って、
「絶対に、東京サ、行ぐのだ!」
と祖父に、いった。庭先には、にわとりが、コッコッコッ! と、餌《えさ》をついばんでいる、のどかな、田舎《いなか》の風景のシーンだった。そして、次のシーンは、とうとう、トットの役は、上京し、小さなアパートに、住み始める。心やさしい娘だから、机にむかって、故郷のお祖父ちゃんに、手紙を書く。トットの、その手紙を読む声が、手紙の字に、だぶる……。
「私は、元気でいます。東京サ住むのは、大変ですが、頑張《がんば》っています。おじいちゃんも……」
そこまで書いたとき、どういうわけか、田舎にいるはずの、にわとりが、トットのアパートの部屋を、コッコッケーッ! と、いいながら、横切った。ドラマの中では、遠くはなれた故郷も、スタジオの中では、隣《とな》りだった。それにしても、田舎にいるはずのにわとりが、東京の、トットのすわってる後ろを、コッコッケーッ、といいながら、ヒョコヒョコ歩いていく、というのは、どうしても、おかしかった。トットは、なんとか胡麻化《ごまか》そうと、一段と大きい声で、手紙を読み続けた。
「おじいちゃんも、元気で、いて下さーい」
何を思ったか、にわとりは、トットのその声に合わせて、更《さら》に大きく、
「ケッケッ!」
といって、そのまま、横切って、行ってしまった。トットは、笑いたかったけど、知らん顔をするのが、一番! と思ったので、手紙を書き続けた。その途端《とたん》、アパートのセットの外で待ちかまえていた小道具さんや、F・Dさんだのが、一どきに、にわとりを、つかまえにかかったらしく、
「この野郎《やろう》!」
という押《お》し殺したような声と、にわとりの、
「ケーケッケッケッ、コキコッケー!!」
という悲鳴と、バタバタとか、ドタドタとか、凄《すご》い物音がした。トットは、目は、手紙のほうにいってたけど、その情景が手にとるように感じられて、ふき出しそうになった。でも我慢《がまん》して、手紙を続けた。そのうち、外に連れ出したらしく、スタジオは、また静かになった。
(やれ、やれ……)
ドラマは、それから、東京で健闘《けんとう》し、少し挫折《ざせつ》もした娘は、結局、田舎に、もどる。最後は、また、始めのシーンと同じに、娘が、縁側に立って、外を見ながら、お祖父ちゃんに、
「ヤッパシ、田舎は、いいねえ」
と、しみじみ、いうところで終ることになっていた。トットが、しみじみ、最後のセリフを言おうとしたとき、トットは、もう、笑わないではいられないものを、見てしまった。それは、さっきの、にわとりが、紐《ひも》で、小包みたいに、グルグル巻きに、しばられて、庭先に、ころがされてる姿だった。恐《おそ》らく、小道具さんが、逃《に》げ出さないように、しばったんだけど、最後に、また庭先にいる、という指定なので、ほどく時間もなかったし、そのままの形で、置いたらしかった。気の強そうな、にわとりは、小包みたいになりながらも、ケッケッ! と、いっていた。
それまで、どんなことがあっても笑うまい、としていたトットだけど、たまらなかった。
「アハハハ……」
と笑ってしまった。何も知らない左卜全さんは、トットの芝居《しばい》が変った、と思ったらしく、あの有名な、口をあけて、
「ホワホワホワ〜〜」
と、一緒《いつしよ》に笑った。トットも、ますます、おかしくなって、笑った。にわとりだけが、ユーウツそうに、
ケッ!
といった。トットは、おかしいのを我慢するために、涙《なみだ》が、いっぱいになった目で、いった。
「ヤッパシ、田舎は、いいねえ」
「終《おわり》」のタイトルが出た。
(やれやれ、もう少しで、不謹慎《ふきんしん》! と叱《しか》られるところだった)
事情を知らないディレクターは、上から降りて来ると、トットに、いった。
「いやあー、最後のとこ、感じが出てて、よかったよ!」
紐をほどいてもらった、にわとりは、羽根をバタバタやると、トット達《たち》の苦労も知らずに、
「コケコッコー」
と、鳴いた。