それから毎日、倒木を渡ってこの斜面に坐り、海を眺めるのが私の日課となった。群島にかこまれたカモテス海は静かであった。夕方、かつて私の駐屯したセブ島の山々が、内海を飾る三角の小島のうしろに、巨大な影絵を浮べた。その上に空は夕焼け、真紅の雲が放射線をなして天頂まで、延びて来た。海は次第に暗く、セブは霞んで来た。私は我慢して小屋に帰った。
朝は波の縞が誘うように、沖へ逃げた。しかし私はやはり我慢しなければならなかった。
海岸の林の上に光るものは、夕方それが太陽と私の間に位置を占める時、殊によく光った。棒状に白く突出する状態から、まず枯れた梢と推定されたが、それはどこか、我々が通常樹木に感じる美感の根柢をなす、あの自然さを欠いていた。
或る日私はその形を確かめるために、私の位置を替えることを思いついた。畠が林に尽きるところまで、二十間ばかり右へ行った時、私はその棒の、上から少し下ったところの両側に、かすかに耳が出ているように思った。その形を私は即座に認知した。十字架であった。
私は戦慄した。その時私のおそれていた孤独にあっては、この宗教的象徴の突然の出現は、肉体的に近い衝撃を与えた。
十字架は恐らく林の向うの、海に臨んだ村の会堂の頂を飾るものであろう。会堂は比島の村で常に一番高い建物である。それではあの下にやはり家があり、人がいる。
オルモックが陥ちた今、あそこにいる人間が日本人である可能性はまずなかった。湾に船がないところから見て、米軍がいないのは確かとしても、比島人はいるであろう。そして彼等がいくら彼等同士の間で、あの十字架の下で信心深い生を営むとしても、私に対してはすべて敵であった。
私は彼等を少しも憎んではいなかったが、私の属する国が彼等の属する国と戦っている以上、我々の間には、十字架を含めて、何の人間的関係もあり得なかった。我々はいわば物質的な危機の状態にあった。十字架という万国的愛の象徴も、敵に所有されているかぎり、ただ危険の象徴にすぎないのである。
しかし私はその十字架から眼を離すことが出来なかった。黒い飛行機が一機、その上をのろのろと動いて行った。日が傾き、それが一面に霞んだ碧色に溶け込んでしまうまで、私は坐り続けた。
その夜私は十字架を考えて過した。死を控えながら飽食した私の心の空虚は、容易にこの人間的映像によって占められたのである。
十字架は私に馴染のないものではなかった。私が生れた時、日本の津々浦々は既にこの異国の宗教の象徴を持っていた。私はまず好奇心からそれに近づき、次いでそのロマンチックな教義に心酔したが、その後私の積んだ教養はどんな宗教も否定するものであり、私の青年期は「方法」によって、少年期の迷蒙を排除することに費された。
その結果私の到達したものは、社会に対しては合理的、自己については快楽的な原理であった。小市民たる私の身分では、それは必ずしも私の欲望に十分の満足を与えるものではなかったが、とにかく私は倨傲を維持し、悔まなかった。
もし私がこの生活原理を、敗兵の孤独の裡まで持ち続けているとすれば、今更少年時の迷蒙に心を動かされることはないはずであった。遠く見る十字架から眼を離すことが出来ず、これほど思い煩うべきではなかった。
私は私の少年時の思想が果して迷蒙であったかどうか、改めて反省して見た。私が人生の入口で神の如き不合理な存在に惹かれたのは、いかにも私が無知であったからではあるが、その時は生活に即した一つの理由があったのを思い出した。私がすがるべき超越的実在者を呼んだのは、その頃知った性的習慣を、自己の意志によっては、抑制出来なかったからである。そして私がその行為を悪いと感じたのは、それが快かったからである。この間に働いていた感情を、私はその後すべて未熟な感覚の混乱として無視していたが、それは果して過ぎ去っていたであろうか。
「恋愛とは共犯の快楽である」の如き西欧のカトリック詩人の詩句に、事実において私が性愛の行為に、少しもそういう実感を持たなかったにも拘らず、私の心の一部が共感した不思議を私は思い出した。
もしこの感情が人性に何の根拠も持たないならば、私がそれを感ずるはずがない。
そういう感情を無視した、或いは避けて通った私のこれまでの生活は、必ずしも条理に反したものではなかったが、もしこの感情に少しでも根拠があるならば、以来私のこれまでの生活は長い誤謬の連続にすぎない。私はこの点に関し、かつて決定的に考えたことがなかったのに気がついた。
あの快感を罪と感じた私の感情が正しいか、その感情を否定して、現世的感情の斜面に身を任せた成人の智慧が正しいか、そのいずれかである。問題の性質上、ここには折衷というものはあり得ない。
私は小屋の暗い天井を見凝めて考え続けたが、解決は見つからなかった。私の考えはむしろ好んで、この異国の神を信じていた頃の日々、その神に遣わされた者の言葉を読み、讃美歌を歌い、欲望なく人を愛していた少年時の、今では安らかと思われる、日々の思い出に停った。
翌朝目が覚め、鶏共が軒端の木にとまり啼き交しているのを見ながら、私は自分が初めてこの畠に着き、彼等を同じ姿勢で見出した時とは、別の心で眺めているのに気がついた。毎朝の習慣で芋の木を倒した。私は不意にこの動作が全く無意味であると感じた。
この日十字架は林の頂にとまった鳥のように見えた。短い横木を翼にひろげて、今、無益な飛翔に落ちようとしているように見えた。
あの下に行ってみようかという観念が、私の心をかすめたのはこの時である。しかし次の瞬間、それが私に課するものを考え、私は自分の心を疑った。それはつまり私が敵の中へ行くこと、死ぬことを意味する。私は果して生命を賭けてまで、あの少年時の愛好物のそばへ行きたいと思っているだろうか。たとえ限られた命であるにしても……
もし私が新しい問題に魅せられたにすぎず、もし私が孤独を楽しみ、苦悩と忍耐を愛しているにすぎないとすれば、この迷いのために、死を早めるのは馬鹿げている。
渇望と逡巡の裡に眺めれば、十字架は一層輝きを増すように思われた。私はもう一度それが十字架であるかどうかを疑ってみたが、無駄であった。見凝めれば、その幾何学的な形はますます明らかに、近づくように思われた。