追憶(おもひで)の林檎畠――昔若木であつたのも今は太い幹となつて、中には僅かに性命(いのち)を保つて居るやうな虫ばみ朽ちたのもある。見れば木立も枯れ/″\、細く長く垂れ下る枝と枝とは左右に込合つて、思ひ/\に延びて、いかにも初冬の風趣(おもむき)を顕(あらは)して居た。その裸々(らゝ)とした幹の根元から、芽も籠る枝のわかれ、まだところ/″\に青み残つた力なげの霜葉まで、日につれて地に映る果樹の姿は丑松の足許(あしもと)にあつた。そここゝの樹の下に雄雌(をすめす)の鶏、土を浴びて静息(じつ)として蹲踞(はひつくば)つて居るのは、大方羽虫を振ふ為であらう。丁度この林檎畠を隔てゝ、向ふに草葺(くさぶき)の屋根も見える――あゝ、お妻の生家(さと)だ。克(よ)く遊びに行つた家(うち)だ。薄煙青々と其土壁を泄(も)れて立登るのは、何となく人懐しい思をさせるのであつた。
『姉よりも宜敷(よろしく)。』
とまた繰返して、丑松は樹と樹の間をあちこちと歩いて見た。
楽しい思想(かんがへ)は来て、いつの間にか、丑松の胸の中に宿つたのである。昔、昔、少年の丑松があの幼馴染(をさななじみ)のお妻と一緒に遊んだのは爰(こゝ)だ。互に人目を羞(は)ぢらつて、輝く若葉の蔭に隠れたのは爰だ。互に初恋の私語(さゝやき)を取交したのは爰だ。互に無邪気な情の為に燃え乍ら、唯もう夢中で彷徨(さまよ)つたのは爰だ。
斯(か)ういふ風に、過去つたことを思ひ浮べて居ると、お妻からお志保、お志保からお妻と、二人の俤(おもかげ)は往(い)つたり来たりする。別にあの二人は似て居るでも無い。年齢(とし)も違ふ、性質も違ふ、容貌(かほかたち)も違ふ。お妻を姉とも言へないし、お志保を妹とも思はれない。しかし一方のことを思出すと、きつと又た一方のことをも考へて居るのは不思議で――
あゝ、穢多の悲嘆(なげき)といふことさへ無くば、是程(これほど)深く人懐しい思も起らなかつたであらう。是程深く若い生命(いのち)を惜むといふ気にも成らなかつたであらう。是程深く人の世の歓楽(たのしみ)を慕ひあこがれて、多くの青年が感ずることを二倍にも三倍にもして感ずるやうな、其様(そん)な切なさは知らなかつたであらう。あやしい運命に妨(さまた)げられゝば妨げられる程、余計に丑松の胸は溢(あふ)れるやうに感ぜられた。左様(さう)だ――あのお妻は自分の素性を知らなかつたからこそ、昔一緒にこの林檎畠を彷徨(さまよ)つて、蜜のやうな言葉を取交しもしたのである。誰が卑賤(いや)しい穢多の子と知つて、其朱唇(くちびる)で笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら――斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。懐しさは苦しさに交つて、丑松の心を掻乱すやうにした。
思ひ耽(ふけ)つて樹の下を歩いて居ると、急に鶏の声が起つて、森閑(しんかん)とした畠の空気に響き渡つた。
『姉よりも宜敷(よろしく)。』
ともう一度繰返して、それから丑松は斯(こ)の場処を出て行つた。
其晩はお志保のことを考へ乍ら寝た。一度有つたことは二度有るもの。翌(あく)る晩も其又次の晩も、寝る前には必ず枕の上でお志保を思出すやうになつた。尤も朝になれば、そんなことは忘れ勝ちで、『奈何(どう)して働かう、奈何して生活しよう――自分は是から将来(さき)奈何したら好からう』が日々(にち/\)心を悩ますのである。父の忌服(きぶく)は半ば斯ういふ煩悶のうちに過したので、さていよ/\『奈何する』となつた時は、別に是ぞと言つて新しい途(みち)の開けるでも無かつた。四五日の間、丑松はうんと考へた積りであつた。しかし、後になつて見ると、唯もう茫然(ぼんやり)するやうなことばかり。つまり飯山へ帰つて、今迄通りの生活を続けるより外(ほか)に方法も無かつたのである。あゝ、年は若し、経験は少し、身は貧しく、義務年限には縛られて居る――丑松は暗い前途を思ひやつて、やたらに激昂したり戦慄(ふる)へたりした。