六
その晩、岡山市の郊外にある磯川警部のうちへ泊めてもらった金田一耕助が、ふたたび
山峡のあの湖畔の村へ顔を出したのは、翌日の午後二時ごろのことだった。
警部はむろん朝はやくから先行していた。金田一耕助も警部と同行するつもりだったの
だが、旅のつかれかすっかり朝寝坊をして、警部においてけぼりをくらったうえに、警部
夫人に大いに迷惑をかけたのである。
金田一耕助は岡山からKまで汽車にのった。そして、そこから湖畔の村までの、一里ば
かりのゆるやかな自動車道路を、ふらりふらりと風来坊のように、秋の陽ひざしを楽しみ
ながらのぼってくると、坂の上からけたたましく、自転車のベルを嗚らしながらやってき
た顔見知りの刑事が、耕助の姿を見るとひらりと自転車からとびおりた。
「金田一さん、金田一さん!」
と、刑事は興奮におもてを染めながら、
「見つかりましたよ、見つかりましたよ。志賀村長の奥さんが……」
「奥さん、どこにいたんですかあ?」
「殺されてたんですよ」
「こ、こ、殺されてえ……?」
金田一耕助は脳天から、真っ赤にやけただれた鉄てつ串ぐしでも、ぶちこまれたような
大きなショックを感じた。
「そうです、そうです。死し骸がいになって赤土を掘る穴の奥へ押しこまれていたんで
す。それをさっき犬がくわえ出したんで大騒ぎです」
「死骸になって赤土を掘る穴へ……」
金田一耕助は大きく眼を見張ったまま、棒をのんだように突っ立っている。あたたかい
秋の陽ざしのなかにいるにもかかわらず、ぞっと全身に冷気をおぼえる。
「そうです、そうです。いま見つかったばかりだからはやく行ってごらんなさい」
「刑事さん、あなたは……?」
「わたしはK署の捜査本部へ報告かたがた、医者を呼んでくるんです」
それだけいうと、刑事は風のように自転車をとばしていった。金田一耕助も犬が水をは
ふりおとすように体をふるわせると、眼がさめたように足をはやめた。
村へ入るとすぐただならぬ変事のにおいが、いばらのように神経にささってくる。あち
らにもこちらにも三々五々ひとが集まってひそひそ話をしているが、由紀子の死体が発見
されたときとちがって、だれも声高に話をするものもなく、妙にひっそりと押しだまって
いるのが、いっそうショックの深刻さを思わせる。
駐在所へくると清水君が、真っ赤に興奮した顔で待っていた。
「清水さん、村長の奥さんの死体が見つかったって?」
「はあ、金田一さん。あなたがお見えになりましたら、すぐに御案内するようにと、警部
さんの命令です」
「ああ、そう、お願いします」
村長の奥さん、秋子の死体が発見されたのは、湖水の西にある山のなかで、そこはKへ
むかう間道になっているが、村のひとが壁に使う赤土を採りにくる以外には、めったにひ
とのとおらぬところになっている。
死体発見の動機になったのは、村のわかいものが壁を修理するために、犬をつれて赤土
を掘りにいったところが、その犬がくわえだしたのである。
清水さんの案内で金田一耕助がたどりついた現場には、警察のひとびとが五、六人、地
面を見おろしたかっこうで立っている。
それを遠巻きにして、口を利きくことができなくなったように押しだまっている村人の
なかには、村長、志賀恭平の姿も見られた。
「金田一さん、えらいことができましたわい。こっちのほうもやられているとは、まさか
わたしも考えなかった」
磯川警部も興奮にギラギラと眼を血走らせている。