「それじゃ、一家全部で……?」
「そうです、そうです。おそらく村松夫人も参画していたと思う」
「耕さん、耕さん、参画どころじゃあないよ。きっとあのかかあが主謀だよ」
「おじさん、そう偏見にとらわれちゃあ……」
「偏見じゃないよ、耕さん。わしは断言する。これはあの女のかんがえだしたことにちが
いないと……」
銀造老人の言葉はあたっていた。
磯川警部の活動によって、つぎからつぎへと有力な証拠があげられ、村松家の四人が検
挙されたとき、かれらもそれを認め、世人を戦慄させたものである。
「しかし、金田一さん、動機はなんです。いったいなんのためにそんな恐ろしい……」
「警部さん、ごらんなさい。あのうつくしい蜃気楼を……」
金田一耕助はなやましげな眼をあげて、刻々として黄昏の夕ゆう闇やみのなかにしずん
でいく、蜃気楼を視やりながら、
「あの連中にとってあの蜃気楼はそれだけのねうちがあったんです。静子さんは志賀さん
のたねをはらんでいた。だから、子供がうまれるまえに殺す必要があったんです。そして
その罪を志賀さんにおっかぶせてしまえば、あれだけの財産がどこへころげこむかという
ことを考えればね」
金田一耕助は溜め息をついて、
「しかし、かれらはおそらくそうはかんがえていないでしょう。滋をうらぎった女、滋か
ら愛人をうばった男、そのふたりに復讐したのだと考えているかもしれません。そのほう
が良心の痛みもすくなく、自己満足できるでしょうからね。だから、この事件の動機はな
かなか複雑だと思うんです。成功者にたいする羨せん望ぼう、看護婦から島の女王に出世
した婦人にたいする嫉妬、そういうもやもやとした感情が、滋の告白をきいたせつな爆発
したんですね。ですけれど、ぼくはやはりこれを貪どん慾よくの犯罪だと思いますよ」
しばらくおもっくるしい沈黙がつづいたのち、銀造老人が思い出したように口をひらい
た。
「しかし、耕さん、あの義眼は……?」
「ああ、そうそう」
耕助も思い出したように、
「あの義眼については婆あさん、志賀さんが義眼をくりぬいてかえって、それをつきつけ
て奥さんを責めてるうちに、嫉妬にくるって絞め殺したんだといってましたね。ぼくはそ
う思わせるために、徹がぬきとっていったんじゃあないかと考えてみたんですが、それに
しては、義眼が死体のそばにあったと聞いたときの、あの連中のおどろきかたは大きかっ
たですね。いったい、計画的な犯罪のばあい、それが計画的であればあるほど、計画以外
の事態がおこると、犯人はとっても不安をかんじるようです。こんどのばあいもそれで、
あの義眼のことは犯人の計画になかったこと……すなわち、あれを抜きとっていったの
は、犯人あるいは共犯者ではなく志賀さんではなかったか。なんのために志賀さんがそん
なことをしたのか、これは志賀さんじしんにきいてみなければわかりませんが……」
それについて志賀泰三はのちにこう説明をくわえている。
「わたしは結婚まえの滋と静子との関係はしっていたんだ。しかし、そんなことはわたし
の眼中になかった。わたしはきっとじぶんの愛情と誠意で、静子の心をとらえ、じぶんに
惚れさせてみせるという自信があったし、また、じじつそのとおりになったんだ。だか
ら、そのことを……結婚まえの滋との関係をしっていて許しているということを、静子に
いっておけばよかったと思う。ところが静子はそれをしらないものだから、いつも心を苦
しめていたようだ。それがふびんでならないものだから、滋が死亡したのを機会に、なに
もかも打ち明けて許してやろうと思った。と、同時に昔の恋人にわかれをつげさせてやり
たいとも思ったんだ。とはいえ、滋の体をこっそり持ってかえるわけにはいかんので、滋
の体の一部分として義眼をくりぬいて持ってかえったんだ。それを滋の亡骸としてわかれ
をつげさせたうえ、なにもかもしっていて許していたということをいってやりたかったん
だ。義眼のほうは葬式のとき持参して、滋にかえすつもりでいた。ところが、お通夜の席
上の、しかも満座のなかで、とつぜん村松が滋と静子の関係をぶちまけた。それのみなら
ず結婚後もふたりの関係がつづいており、静子の腹の子もひょっとすると滋のタネではな
いかなどと、とほうもないことをいいだしたので、わたしはもうすっかり混乱してしまっ
たんだ。混乱したというのは静子をうたがったからではない。そんな馬鹿なことがあるべ
きはずのないことはよくしっていたが、村松がなぜまたそんなことをいいだしたのか、そ
の真意がのみこめなかったからおどろいたんだ。ところが、そこへ村松の細君がアメリカ
でわたしが妻を殺したようなことをいいだして、こんどはそんなことをしちゃあいけない
などと忠告めいたことをいいだすにおよんで、わたしははっとこの夫婦、じぶんに静子を
殺させようとしているのではないか。……と、そんな気がしたんだ。わたしはそれまであ
の夫婦をとても信頼していただけに、混乱と動揺が大きかったわけだ。静子はまえからあ
の夫婦には、あまり心を許さないようにといってたが……静子……静子……おまえもしか
しあの連中が、じぶんの命までねらっているとはしらなかったんだなあ」
磯川警部はよくやった。
かれはまず犯行の現場として村松家の物置きに目をつけたが、このカンが的中したの
だ。この物置きのがらくたのなかから、静子の耳飾りのかたっぽうが発見されるに及ん
で、村松医師も恐れいったのである。
村松医師もいざとなるとさすがに気おくれしたが、それをそばから叱しつ咤たし、けし
かけたのが夫人の安やす子こだと聞いて、ひとびとは戦慄せずにはいられなかった。安子