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蝙蝠と蛞蝓 一(2)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:「どうしたんです。湯浅さん、お顔の色が悪いようですね。どこか悪いんじゃありませんか」「うん、どうもくさくさして困る。つま
(单词翻译:双击或拖选)

「どうしたんです。湯浅さん、お顔の色が悪いようですね。どこか悪いんじゃありません

か」

「うん、どうもくさくさして困る。つまらんことが気になってね」

「まだ、裏の蛞蝓なめくじ女史のことを気にしてるんじゃないですか。あんな女のこと、

いいかげんに忘れてしまいなさい。ひとの身よりもわが身の上ですよ」

「ううん、いまおれが気にしてるのは、蛞蝓のことじゃない。こんど隣へ引っ越してき

た、蝙蝠男のことだ」

「はてな、蝙蝠たアなんです」

 そこで、おれが蝙蝠男の金田一耕助のことを話してやると、山名紅吉は心配そうに指の

爪をかみながら、

「あなた、それは神経衰弱ですぜ。気をつけなければいけませんね。当分学校を休んで静

養したらどうですか」

 それから紅吉は、情なさそうに溜息をつくと、

「いや、お互い、神経衰弱になるのも無理はありませんね。私なんぞも、いつまで学資が

つづくかと思うと、じっとしていられないような気持ちですよ。今月はまだ部屋代も払っ

てないしまつでしてね」

 と、さみしそうな声でいう。そこでおれもにわかに同情をもよおして、

「田舎のほう、やっぱりいけないのかい」

 と、親切らしく訊いてやった。

「駄目ですね。財産税と農地改革、二重にいためつけられてるんですから、よいはずがあ

りません。没落地主にゃ秋風が身にしみますよ。学資はともかく、部屋代だけはなんとか

しなきゃあと思ってるんですがね」

「なあに、部屋代のことなんざあどうでもいいさ。君にゃお加代がついているんだから大

丈夫だよ」

 おれがそういってやると、

「ご冗談でしょう」

 と、紅吉はあわてて打ち消したが、そのとたんにポーッと頰ほおを赧あからめるのを見

たときにゃあ、われにもなく、おれは妬ねたましさがむらむらとこみ上げてきた。山名紅

吉、名前もなまめかしいが、実際、大変な美少年である。

「ご冗談でしょう? ヘン、白ばくれてもわかってるよ。君がお加代とよろしくやってい

ることを、おれはちゃあんと知ってるんだ。君はうまうま人眼を欺あざむいているつもり

だろうが、ヘン、そんなことでごまかされるもんか。だいたい君はみずくさいぜ。まえの

下宿を追い出されてさ、いくところがなくて弱っているのをここのおやじの剣けん突つき

剣けん十じゆう郎ろうに口をきいてやったのはこのおれだぜ。いわば、このアパートでは

先輩のおれだ。しかるになんぞや、いつのまにやら先輩を出し抜いて、お加代をものにす

るなんぞ……いや、なに、それはいいさ、それはいいが、なにも先輩のおれに隠し立てす

るこたァないじゃないか。お加代とできたのならできたと……」

 おれは急にパックリと口を噤つぐんだ。紅吉があっけにとられたように、まじまじとお

れの顔色を見ているのに気がついたからである。いけない、いけない、おれはやっぱり神

経衰弱かしらん。内かぶとを見み透すかされたような気がして、おれは急にきまりが悪く

なった。ぬらぬらとした冷汗が、体中から吹き出してきた。そこで、照れかくしに、かん

らかんらと豪傑笑いをしてやった。それからこんなことをいった。

「そんなことは、ま、どうでもいいや。金のことだって、いまになんとかなるさ。金は天

下のまわりものさ。裏の蛞蝓を見い。このあいだまで、メソメソと、死ぬことばかり考え

ていやァがったが、ちかごろ、にわかに生気を取り返しゃアがったじゃないか」

「それゃア、裏の蛞蝓女史は、ああして売り飛ばす着物を持っとるです。しかし、われわ

れときた日にゃ……」

「まったく逆さにふるっても鼻血も出ないなア。君はそれでも、お加代がついてるだけま

しだよ」

「まだ、あんなことをいってる。それよりねえ、湯浅さん。裏の蛞蝓女史ですがね、きょ

うまた着物を売って、たんまり金が入ったらしいですよ。さっき三階の窓から見ていた

ら、手の切れそうな札束の勘定をしてましたよ。ぼくアもう、それを見ると、世の中がは

かなくなりましてねえ」

「ようん」

 おれは溜息とも、呻うめき声ともつかぬ声を吹き出した。それからにわかに思いついて

こういった。

「おい、山名君、君、お加代もだが、ひとつあの蛞蝓女史にモーションをかけてみないか

い」

「蛞蝓女史に、モーション、かけるんですって?」

 紅吉はびっくりしたように、一句一句、言葉を切ってそういうと、眼をパチクリさせな

がら、おれの顔を見なおした。

「そうさ、君なら大丈夫成功するよ。いや、あいつ、とうから君に思おぼし召しがあるん

だ。だからああして、わざと縁側に机を持ち出して、あんな変てこな書置きを書きやがる

んだ。あれゃアつまり、君の同情をひこうという策戦だぜ。だからさ、なんかきっかけを

こさえて、インギンを通ずるんだね。そして、嬉しがらせのひとつもいってやってみろ。

部屋代の心配なんか、たちどころに雲うん散さん霧む消しようすらあ。おい、山名君、ど

うしたんだい。逃げなくたっていいじゃないか。ちょっ、意気地のねえ野郎だ」

 山名紅吉がこそこそと部屋を出ていってからまもなく、階下のほうでお加代さんの弾は

じけるような笑い声が聞こえたので、おれはぎょっとした。気のせいか紅吉の声も聞こえ

るような気がする。ちきしょう、ちきしょう、ちきしょうと、おれは切せつ歯し扼やく腕

わんした。なにもかも癪しやくにさわってたまらん。お加代も紅吉も蝙蝠男も蛞蝓女も、

どいつもこいつも鬼にくわれてしまやぁがれ!

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