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人面瘡 五(2)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: だから、松代が過去をかくしているにしても、松代自身に罪科があろうなどとは思えなかった。なにかしら大きな不幸に見舞われて
(单词翻译:双击或拖选)

 だから、松代が過去をかくしているにしても、松代自身に罪科があろうなどとは思えな

かった。なにかしら大きな不幸に見舞われて、それを口にするのを潔しとしないのであろ

うと、お柳さまはかえって松代をいとおしがった。

 ことに昭和二十二年の秋、中風で倒れてからというものは、いよいよ松代が手ばなせな

いものになってきた。お柳さまが倒れたのは、やはり、いつ復員するともわからぬ貞二君

の身を思いわずらったからであろう。

 松代はじっさいよく働いた。お柳さまにもよく仕えてその面倒も見た。少しもいやな顔

もせず、お柳さまのおしもの始末までした。

 いっぽう温泉宿の経営も常態に復して、客もだんだん多くなった。松代はそのほうでも

骨身を砕いてはたらいた。

 いまでは松代は、薬師の湯ではなくてはならぬ存在になっていた。

 そこへ待ちに待った貞二君がシベリヤから復員してきた。それが去年の秋のことで、お

柳さまのよろこびはいうまでもないが、さらに彼女をよろこばせたのは、かねて彼女がい

だいていた夢想が、どうやら実現しそうな気配になってきたことである。

 貞二君はすさんでいた。苛か烈れつな戦争から戦後の抑よく留りゆう生活が、貞二君の

心をかたくなにし、すさんでとげとげしいものにしていた。その冷えきった魂に人間らし

い温味を吹きこんでいったのは松代の存在だった。

 貞二君は母のそばに意外にうつくしいひとを発見し、そのひとの母に対する献身的な、

やさしい心使いのかずかずを見るにつけて、とげとげしく冷えきった心もしだいになごん

でくるのを覚えた。

 ちょうど春の氷がとけていくように、かれの魂にも愛情という暖い日差しが訪れてき

た。ひかえめながらも、松代の貞二君をみる眼にも、しだいにもの思わしげないろがふか

くなってきた。

 お柳さまにとってはそれこそ思う壺つぼだった。

 若いふたりのあいだに愛情が芽生え、育っていくということは、年老いた母にとっては

このうえもない喜びであると同時に希望でもあったが、ここでも難点は松代の素姓がハッ

キリしないということだった。

 薬師の湯は温泉宿とはいえ、由緒正しい家柄だった。どこの馬の骨とも牛の骨ともわか

らぬものを嫁にするわけにはいかなかった。ましてや、過去に暗いかげを背負うていると

あってはなおさらのことだった。

 それにもかかわらず松代は依然として、その過去について口をわらなかった。

 このことが障害となって、三人が三人ともこの縁談に心がすすみながら、奥歯にものの

はさまったような日がつづいた。

 ところがそこへとつぜん、新しい事態がもちあがって、がらりと局面が一変した。それ

が由紀子の出現である。

 ある日、とつぜん姉を頼って、由紀子がたよってきたときの、松代のおどろきようった

らなかった。松代をあんなに信頼しているお柳さまでさえ、そのときの松代の態度ばかり

は腑ふに落ちなかった。妹が訪ねてきたというのに、松代はまるで幽霊にでも出で逢あっ

たように、まっさおになってふるえていた。いまにも気をうしなって倒れそうな眼つきを

した。

 しかし、由紀子はいっこう平気で、しゃあしゃあとしてこんなことをいっていた。

 終戦後、じぶんは神戸や大阪のバーやキャバレーで働いていたが、どこへいっても思わ

しくないおりから、風のたよりに姉がここにいるときいたからとんできた。都会はもうい

やになったから、ここで女中に雇ってほしいと。

 そうして由紀子はそのまま薬師の湯に住みついたが、この由紀子の口からはじめて松代

の素姓がわかってきたのである。

 松代はおなじ岡山県のO市でも、有名な菓子の司、福田家の長女にうまれた。

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