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青い時計台

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:青い時計台小川未明一 さよ子(こ)は毎日(まいにち)、晩方(ばんがた)になりますと、二階(かい)の欄干(らんかん)によりかかって、
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青い時計台

小川未明

 

一


 さよ子(こ)は毎日(まいにち)、晩方(ばんがた)になりますと、二階(かい)の欄干(らんかん)によりかかって、外(そと)の景色(けしき)をながめることが好(す)きでありました。目(め)のさめるような青葉(あおば)に、風(かぜ)が当(あ)たって、海色(うみいろ)をした空(そら)に星(ほし)の光(ひかり)が見(み)えてくると、遠(とお)く町(まち)の燈火(ともしび)が、乳色(ちちいろ)のもやのうちから、ちらちらとひらめいてきました。
 すると毎日(まいにち)、その時分(じぶん)になると、遠(とお)い町(まち)の方(ほう)にあたって、なんともいえないよい音色(ねいろ)が聞(き)こえてきました。さよ子(こ)は、その音色(ねいろ)に耳(みみ)を澄(す)ましました。
「なんの音色(ねいろ)だろう。どこから聞(き)こえてくるのだろう。」
と、独(ひと)り言(ごと)をして、いつまでも聞(き)いていますと、そのうちに日(ひ)がまったく暮(く)れてしまって、広(ひろ)い地上(ちじょう)が夜(よる)の色(いろ)に包(つつ)まれて、だんだん星(ほし)の光(ひかり)がさえてくる時分(じぶん)になると、いつともなしに、その音色(ねいろ)はかすかになって、消(き)えてしまうのでありました。
 また明(あ)くる日(ひ)の晩方(ばんがた)になりますと、その音(おと)が聞(き)こえてきました。その音(おと)は、にぎやかな感(かん)じのするうちに、悲(かな)しいところがありました。そして、そのほかのいろいろの音色(ねいろ)から、独(ひと)り離(はな)れていて、歌(うた)をうたっているように思(おも)われました。で、ここまで聞(き)こえてくるには、いろいろのところを歩(ある)き、また抜(ぬ)けたりしてきたのであります。町(まち)の方(ほう)には電車(でんしゃ)の音(おと)がしたり、また汽車(きしゃ)の笛(ふえ)の音(おと)などもしているのでありました。
 さよ子(こ)は、よい音色(ねいろ)の起(お)こるところへ、いってみたいと思(おも)いました。けれども、まだ年(とし)もゆかないのに、そんな遠(とお)いところまで、しかも晩方(ばんがた)から出(で)かけていくのが恐(おそ)ろしくて、ついにゆく気(き)になれなかったのでありますが、ある日(ひ)のこと、あまり遅(おそ)くならないうちに、急(いそ)いでいってみてこようと、ついに出(で)かけたのでありました。

二


 さよ子(こ)は、草原(くさはら)の中(なか)につづいている小径(こみち)の上(うえ)にたたずんでは、幾(いく)たびとなく耳(みみ)を傾(かたむ)けました。西(にし)の方(ほう)の空(そら)には、日(ひ)が沈(しず)んだ後(あと)の雲(くも)がほんのりとうす赤(あか)かった。さよ子(こ)は、電車(でんしゃ)の往来(おうらい)しているにぎやかな町(まち)にきましたときに、そのあたりの騒(さわ)がしさのために、よい音色(ねいろ)を聞(き)きもらしてしまいました。これではいけないと思(おも)って、ふたたび静(しず)かなところに出(で)て耳(みみ)を澄(す)ましますと、またはっきりと、よい音(おと)が聞(き)こえてきましたから、今度(こんど)は、その音(おと)のする方(ほう)へずんずん歩(ある)いていきました。いつしか日(ひ)はまったく暮(く)れてしまって、空(そら)には月(つき)が出(で)ました。
 さよ子(こ)は、かつて、きたことのないような町(まち)に出(で)ました。西洋(せいよう)ふうの建物(たてもの)がならんでいて、通(とお)りには、柳(やなぎ)の木(き)などが植(う)わっていました。けれども、なんとなく静(しず)かな町(まち)でありました。
 さよ子(こ)はその街(まち)の中(なか)を歩(ある)いてきますと、目(め)の前(まえ)に高(たか)い建物(たてもの)がありました。それは時計台(とけいだい)で、塔(とう)の上(うえ)に大(おお)きな時計(とけい)があって、その時計(とけい)のガラスに月(つき)の光(ひかり)がさして、その時計(とけい)が真(ま)っ青(さお)に見(み)えていました。下(した)には窓(まど)があって、一つのガラス窓(まど)の中(なか)には、それは美(うつく)しいものばかりがならべてありました。金銀(きんぎん)の時計(とけい)や、指輪(ゆびわ)や、赤(あか)・青(あお)・紫(むらさき)、いろいろの色(いろ)の宝石(ほうせき)が星(ほし)のように輝(かがや)いていました。また一つの窓(まど)からは、うすい桃色(ももいろ)の光線(こうせん)がもれて、路(みち)に落(お)ちて敷石(しきいし)の上(うえ)を彩(いろど)っていました。よい音色(ねいろ)は、この家(いえ)の中(なか)から聞(き)こえてきたのであります。
 さよ子(こ)は、家(いえ)の中(なか)がにぎやかで、春(はる)のような気持(きも)ちがしましたから、どんなようすであろうと思(おも)って、その窓(まど)の際(きわ)に寄(よ)り添(そ)って、そこにあった石(いし)を踏(ふ)み台(だい)にして、その上(うえ)に小(ちい)さな体(からだ)を支(ささ)えて中(なか)をのぞいてみました。
 へやの中(なか)はきれいに飾(かざ)ってあります。大(おお)きなランプがともって、うす赤(あか)いガラスの花(はな)がさが懸(か)かっています。
 そこに大(おお)きなテーブルが置(お)いてあって、水晶(すいしょう)で造(つく)ったかと思(おも)われるようなびんには、燃(も)えるような真(ま)っ赤(か)なチューリップの花(はな)や、香(かお)りの高(たか)い、白(しろ)いばらの花(はな)などがいけてありました。テーブルに向(む)かって、ひげの白(しろ)いじいさんが安楽(あんらく)いすに腰(こし)かけています。かたわらには三人(にん)の美(うつく)しい姉妹(きょうだい)の娘(むすめ)らがいて、一人(ひとり)は大(おお)きなピアノを弾(ひ)き、一人(ひとり)はマンドリンを鳴(な)らし、一人(ひとり)はなにか高(たか)い声(こえ)で歌(うた)っていました。それが歌(うた)い終(お)わると、にぎやかな笑(わら)い声(ごえ)が起(お)こって楽(たの)しそうにみんなが話(はなし)をしています。じいさんは喜(よろこ)んで、笑(わら)い顔(がお)をして目(め)を細(ほそ)くして、三人(にん)の娘(むすめ)らの顔(かお)を見比(みくら)べているようでありました。

三


 さよ子(こ)は、この世間(せけん)にも、楽(たの)しい美(うつく)しい家庭(かてい)があるものだと思(おも)いました。あまり遅(おそ)くならないうちに帰(かえ)らなければならぬと思(おも)って、窓(まど)ぎわを離(はな)れてから振(ふ)り向(む)くと、高(たか)い、青(あお)い時計台(とけいだい)には流(なが)るるような月光(げっこう)がさしています。そして町(まち)を離(はな)れて、野原(のはら)の細道(ほそみち)をたどる時分(じぶん)にはまた、彼(か)のよい音色(ねいろ)が、いろいろの物音(ものおと)の間(あいだ)をくぐり抜(ぬ)けてくるように、遠(とお)く町(まち)の方(ほう)から聞(き)こえてきました。
 その翌日(あくるひ)から、さよ子(こ)は二階(かい)の欄干(らんかん)に出(で)て、このよい音色(ねいろ)に耳(みみ)を傾(かたむ)けたときには、ああやはりいまごろは、あの青(あお)い時計台(とけいだい)の下(した)で、あの親孝行(おやこうこう)の娘(むすめ)らが、ああして、ピアノを鳴(な)らしたり、歌(うた)をうたったり、マンドリンを弾(ひ)いたりして、年老(としと)った父親(ちちおや)を慰(なぐさ)めているのだろうと思(おも)いました。そして、美(うつく)しく飾(かざ)りたてたへやのようすなどを目(め)に描(えが)きました。
 ある日(ひ)のことでありました。毎日(まいにち)のように町(まち)の方(ほう)から聞(き)こえてくるよい音色(ねいろ)が、ひじょうに悲(かな)しみを帯(お)びて聞(き)こえてきましたので、さよ子(こ)はどうしたことかと思(おも)って、ついまたそこまでいってみる気(き)になりました。
 さよ子(こ)は、今度(こんど)は路(みち)を迷(まよ)わずに、その町(まち)にくることができました。月(つき)はすこし欠(か)けていましたけれども、やはり流(なが)るるような青(あお)い青(あお)い光(ひかり)は、時計台(とけいだい)を照(て)らして、高(たか)い塔(とう)が夜(よる)の空(そら)にそびえているのを見(み)ました。さよ子(こ)は例(れい)の窓(まど)のところにきて、石(いし)の上(うえ)に立(た)ってのぞきますと、へやのようすにすこしも変(か)わりがなかったけれど、大(おお)きなテーブルのそばのベッドの上(うえ)には、年老(としと)った娘(むすめ)らの父親(ちちおや)が横(よこ)たわっていました。三人(にん)の娘(むすめ)らは、当時(とうじ)のように笑(わら)いもせずに、いずれも心配(しんぱい)そうな顔(かお)つきをしていました。やがて父親(ちちおや)は、なにかいって金庫(きんこ)の方(ほう)を指(ゆび)さしました。するといちばん年上(としうえ)の娘(むすめ)が、その金庫(きんこ)の方(ほう)に歩(ある)いていって、そのとびらを開(あ)けました。そして中(なか)から、たくさんの金貨(きんか)を盛(も)った箱(はこ)を、父親(ちちおや)のねているまくらもとに持(も)ってきました。父親(ちちおや)はなにかいっていましたが、やがて半分(はんぶん)ばかり床(とこ)の中(なか)から体(からだ)を起(お)こして、やせた手(て)でその金貨(きんか)を三人(にん)の娘(むすめ)らに分(わ)けてやりました。
 この光景(こうけい)を見(み)たさよ子(こ)は、なんとなく悲(かな)しくなりました。そして家(いえ)へ帰(かえ)る路(みち)すがら、自分(じぶん)もいつかお父(とう)さんや、お母(かあ)さんに別(わか)れなければならぬ日(ひ)があるのであろうと思(おも)いました。

四


 あいかわらず、その後(ご)も、町(まち)の方(ほう)からは聞(き)き慣(な)れたよい音色(ねいろ)が聞(き)こえてきました。乳色(ちちいろ)の天(あま)の川(がわ)が、ほのぼのと夢(ゆめ)のように空(そら)を流(なが)れています。星(ほし)は真珠(しんじゅ)のように輝(かがや)いています。その夜(よ)、町(まち)の方(ほう)からは、これまでにないよい音色(ねいろ)が聞(き)こえてきました。その音(おと)はいつもよりにぎやかそうで、また複雑(ふくざつ)した音色(ねいろ)のように思(おも)われました。さよ子(こ)はまたそこまでいってみたくなりました。
 彼女(かのじょ)はまた、その家(いえ)の窓(まど)の下(した)にきて、石(いし)の上(うえ)に立(た)って中(なか)をのぞいてみました。すると、へやの中(なか)のようすは、これまでとはすっかり変(か)わっていました。もっと美(うつく)しく、もっときれいに、もっと珍(めずら)しいものばかりで飾(かざ)られているばかりでなく、三人(にん)の娘(むすめ)らのほかに、見慣(みな)れない年若(としわか)い紳士(しんし)が四、五人(にん)もいました。それらの男(おとこ)は、楽器(がっき)を鳴(な)らしたり、歌(うた)をうたったりしました。娘(むすめ)らは、いずれも美(うつく)しく着飾(きかざ)って、これまでになくきれいに見(み)えました。そしてテーブルの上(うえ)には、いろいろの花(はな)が咲(さ)き乱(みだ)れているばかりでなく、桃色(ももいろ)のランプの外(ほか)に緑色(みどりいろ)のランプがともって、楽園(らくえん)にきたような感(かん)じがしたのであります。けれど、ただ一人(ひとり)父親(ちちおや)の姿(すがた)が見(み)えませんでした。これらの若(わか)い男(おとこ)や、女(おんな)は、たがいによい声(こえ)で歌(うた)い、また話(はな)し、また手(て)を引(ひ)き合(あ)って舞踏(ぶとう)をやっていました。
 その夜(よ)さよ子(こ)は、家(いえ)に帰(かえ)るときに考(かんが)えました。どうしてあの人々(ひとびと)は、ああして楽(たの)しく遊(あそ)んでばかりいられるのだろう……と、思(おも)うと、なんとなく、不思議(ふしぎ)でならなかったのであります。
 その後(のち)というものは、毎夜(まいよ)、さよ子(こ)は町(まち)の方(ほう)から聞(き)こえてくるよい音色(ねいろ)を聞(き)くたびに、不思議(ふしぎ)な思(おも)いをせずにはいられなくなりました。
 やがて、紅(あか)く燃(も)えていたような夏(なつ)が逝(ゆ)きかけました。つばめは海(うみ)を渡(わた)って、遠(とお)い南(みなみ)の永久夏(とこなつ)の国(くに)に帰(かえ)る時分(じぶん)となりました。ある夜(よ)、さよ子(こ)は二階(かい)の欄干(らんかん)に出(で)て、涼(すず)しくさえた星(ほし)の光(ひかり)を見(み)ながら、町(まち)の方(ほう)から聞(き)こえてくる、よい音色(ねいろ)に耳(みみ)を澄(す)まそうとしたけれど、どうしたことか、聞(き)き慣(な)れたその音色(ねいろ)は聞(き)こえてこなかった。明(あ)くる日(ひ)もやはり聞(き)こえてこなかった。
 さよ子(こ)は、いぶかしく思(おも)って、その町(まち)にやってきました。すると、その家(いえ)は堅(かた)く閉(し)まって、店頭(てんとう)に売(う)り家(や)の札(ふだ)がはってありました。独(ひと)り、高(たか)く時計台(とけいだい)は青(あお)く空(そら)に突(つ)っ立(た)って、初秋(はつあき)の星(ほし)の光(ひかり)が冷(つめ)たくガラスにさえかえっていました。

 

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