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はてしなき世界(2)

时间: 2022-12-05    进入日语论坛
核心提示:お母かあさんは、それでも空そらが明あかるくなると、エプロンは、どこへ飛とんでいったろうと家いえのまわりを探さがしました。
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お母かあさんは、それでも空そらが明あかるくなると、エプロンは、どこへ飛とんでいったろうと家いえのまわりを探さがしました。すると、赤あかちゃんの憎にくらしく思おもったエプロンは、溝どぶの中なかに落おちて、水みずの中なかにうずまっていました。
「まあまあ、こんなに汚きたなくなってしまったから、捨すててしまいましょう。」と、お母かあさんはいわれました。
お母かあさんは、エプロンをごみ箱ばこの中なかに捨すててしまいました。こうして、赤あかちゃんのきらいであったエプロンは、永久えいきゅうに、もう赤あかちゃんの目めから見みえないところにいってしまったのです。
その翌日よくじつから、赤あかちゃんは、家いえの内うちにエプロンを見みませんでした。けれど、お母かあさんはやはり、いつでも自分じぶんといっしょに遊あそんだり、ねころんだりしてはいられませんでした。あの細こまかいこうしじまの代かわりに、お母かあさんは、どこからか真まっ白しろなエプロンを持もってきて働はたらいていたのです。
赤あかちゃんには、もうどうしたらいいかわからなくなりました。そして、ついに、自分じぶんの大好だいすきなお母かあさんは、(いつでも自分じぶんはお母かあさんといっしょにいたいのだけれど、)自分じぶんといるものでないということを知しりました。そして、そのことは赤あかちゃんにとって、いいようのないさびしさを覚おぼえさせたのであります。
この赤あかちゃんは、いつしか日数ひかずをへて、かわいらしい坊ぼっちゃんとなりました。
坊ぼっちゃんは、もうそのころから、自分じぶんは、ただ一人ひとりであるというような、さびしさを感かんじたのであります。みんなから離はなれて、ぼんやりと道みちの上うえに立たって遠とおくの雲くもをながめたり、また、空そらをはてしなく飛とんでゆく鳥とりの影かげを見送みおくったりして、かんがえ込こんでいるようなことが多おおうございました。
ある夏なつの日ひの晩方ばんがたのことでありました。この感かんじ深ぶかい子供こどもは道みちの上うえにたたずんで、いつものように頭あたまの上うえを飛とんでゆく鳥とりをながめていました。もうあたりはだんだんと暗くらくなりかけていました。けれど、鳥とりの飛とんでゆくかなたの空そらだけは、明あかるい、なんとなくなつかしい色いろを、瞳ひとみに映えいじたのでありました。
「ああ私わたしも鳥とりになりたい。そして、あっちの明あかるい国くにへ飛とんでゆきたいものだ。」と、子供こどもはいいました。
すると、どんなものに対たいしても注意深ちゅういぶかく、また耳みみざとい鳥とりは下したの方ほうを向むいて、すぐに子供こどもを見みつけて、そのいうことをすっかり聞きいたのでありました。
「坊ぼっちゃんは、私わたしといっしょにあっちへゆきたいのですか。だけれど、それはできません。私わたしのゆくところは、たいへんに遠とおいところなのであります。私わたしは、坊ぼっちゃんに、私わたしの持もっているような目めと、私わたしの胸むねに宿やどっているような魂たましいを分わけてあげますように、神かみさまにお願ねがいしましょう。そうすれば、坊ぼっちゃんは、いつも私わたしたちと同おなじように、ほかの人間にんげんにはわからないような、不思議ふしぎなきれいな光ひかりを見みたり、また、かすかな遠とおい音おとを聞きくことができます。」といって、鳥とりはこの子供こどもの頭あたまの上うえでないて、また、遠とおい旅たびをつづけてゆきました。
それから、子供こどもはひとり、空そらや鳥とりの影かげばかりでなく、花はなや、石いしや、木きや、なにに対たいしてもじっと見入みいって、深ふかくものを思おもうようになったのであります。
けれど、この子供こどもが、黙だまって、じっとものに見入みいっているのを見みて、心こころの中うちに、どんなことを考かんがえているか? やはり、だれもそのことを知しるものはなかったでありましょう。
世よの中なかの大人おとなは、てんでに頭あたまの中なかで、金かねもうけのことや、暮くらし向むきのことなどを考かんがえて、さっさと道みちの上うえを歩あるいています。そして、だれも地ちの中なかにうずもれた、かすかな光ひかりがあっても、それに注意ちゅういを向むけるものはありませんでした。
「ガラスびんのかけらだろう。」
みんな、そんなように思おもっていたのでありました。
そのとき、この子供こどもは、遠とおくから、この紫色むらさきいろの光ひかりを見みつけて、わざわざそのところまでやってきました。そして、小ちいさな手てで、棒切ぼうきれでもって地ちの中なかから、その光ひかる石いしを掘ほり出だしました。
青黒あおぐろい色いろをした小ちいさな石いしでありました。この石いしは、子供こどもがじっとその石いしを見みつめたときに、
「坊ぼっちゃん、よくあなたは、私わたしを見みつけてくださいました。私わたしは、長ながい間あいだ、この地ちの中なかにうずめられて、かすかな光ひかりを放はなって、だれか、私わたしを掘ほり出だしてくれるのを待まっていました。しかしだれも、私わたしをば注意ちゅういしませんでした。たまたま注意ちゅういしたものも、私わたしのそばまでやってきて、じっと見みますと、私わたしが、銭ぜにでなかったので――その人ひとは、私わたしを見みて銭ぜにが落おちていると思おもったのでした――私わたしの頭あたまを蹴けって、さっさといってしまいました。そして、私わたしは、たよりなく、不幸ふこうでした。私わたしは、いつ、また、坊ぼっちゃんの手てから捨すてられるかしれません。けれど、坊ぼっちゃんが私わたしを手てにとって、しばらくでも大事だいじにしてくださいましたご恩おんは、けっして忘わすれはいたしません。坊ぼっちゃんは、きっと私わたしと同おなじい色いろのものを、この世よの中なかで、しかも人間にんげんの目めの中なかに見みられることがあります。そのときこそ、ほんとうに、坊ぼっちゃんが喜よろこびなさいますときですよ。」と、その小ちいさな石いしが、ものをいっているように思おもわれました。
はたして、この石いしが気遣きづかったように、この石いしを子供こどもは大事だいじにしておいたけれど、いつとなくどこへかなくしてしまいました。
「どこへなくしてしまったろう?」と、子供こどもは石いしを探さがしました。けれど、見当みあたりませんでした。しかし、その石いしの青あおい色いろは、いつまでも子供こどもの目めの中なかに残のこっていました。なんというなつかしみの深ふかい、青あおい色いろであったろうか?
こうして、子供こどもは追懐ついかいにふけるということを覚おぼえました。子供こどもの立たっている前方ぜんぽうには、輝かがやかしい野原のはらがありました。そして後方うしろには、うす青あおい空そらがはてしなく拡ひろがっていました。
 
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