ぽっかりと空いた空白の1日――来週の木曜日。木曜日の空白が、彼女には耐えがたいものだったらしい。しまいには行きつけの美容院に電話をかけ、この間かけたデジタルパーマがうまくかかっていないのでもう一度かけ直してほしい、ついては自分は来週の木曜日しか空いていない、何時でもかまわないから木曜日に予定を入れてほしい、と主張し、とうとう木曜日の予定を手に入れた。彼女は真っ黒に埋められたページをしばし見つめ、満足そうに微笑んだ。そして手帳をバッグにしまって立ち上がり、パーマがうまくかからなかった髪を指先でくるくるねじりながら階段を登っていった。こうして彼女の寿命は、また一週間延びたのだった。
一方、私の手帳は真っ白だ。厳密に言うと、昨日までの過去にはいろいろ書かれているが、今日から先はまるで白紙。未来には何も書かれていない。そんな話を友人にしたら、「手帳を持つ意味あるんですか?」と核心をつかれた。「いや、過去を書くためにもやっぱり手帳は必要なんですよ」としどろもどろに答えると、「だったら日記を書けばいいのでは?」とさらに痛いところをつかれる。「日記は日記帳に書いていますよ」というと、「じゃあますます手帳は必要ないじゃないですか」と止めを刺された。
私には手帳が必要ないのか。そういわれてみたら思い当たる節はある。壁にかけられたカレンダーは何か月も前で止まっているし、手帳を持つのは、暇な人間だと思われたくないという世間体のため。なくてもまったく不自由はしない。
コーヒーショップで見かけた女性は、予定がないことを何よりも恐れていた。それを私は空白恐怖症のようなものだと考えている。1人になってしまうと誰かに電話をかける。電車に乗れば携帯電話でメールを打ったりインターネットをしたりゲームをしたり。携帯電話という便利なおもちゃを手にすると、驚くほど時間をつぶせるから、空白の時間はどんどん消えてゆく。だからたまに空白の時間に直面すると、( )。
しかし私には彼女は羨ましくも思えた。私は逆に空白がないことが不安でたまらない。予定は常に現在を束縛し、それに向き合いたくないという自分の弱さを突きつけてくる。「予定があると不安」より、「予定がないと不安」のほうが、よほどまともに思える。
彼女を真似て私も手帳を開いた。しかしいくら見つめても、予定は何も思い浮かばなかった。
1、「こうして彼女の寿命はまた一週間伸びたのだった」とあるが、筆者のどんな気持ちが込められているか。
①予定がないと生きられない彼女の生き方を皮肉っぽく思う気持ち。
②寿命はあと一週間しか残っていない彼女に深く同情する気持ち。
③空白の一日でさえ全部埋め尽くした彼女に対する批判の気持ち。
④限られた時間に全部予定を入れて、充実して過ごす彼女を羨ましく思う気持ち。
2、「私には手帳が必要ないのか」とあるが、筆者にとって手帳は何を意味しているか。
①過去のものを記す道具で、日記と同じようなものだ。
②カレンダーみたいなもので、時間が経つのを知らせる存在だ。
③暇な人間だと思われたくないために所持しているだけで、なくてもいいものだ。
④携帯電話のように、空白の時間を埋めるのに役立つものだ。
3、( )に入れる言葉として、正しいのはどれか。
①なんだかほっとした気がする。
②どうしていいかわからなくなる。
③なんとかしてそれを十分にいかそうとする。
④なんとなく解放された感じでリラックスできる。
4、「「予定があると不安」より、「予定がないと不安」のほうが、よほどまともに思える」とあるが、筆者がこう考えている原因は何か。
①「予定があると不安になる人間」は自分の弱さを直視できるから
②「予定があると不安になる人間」は常に時間の空白を埋めようとしているから
③「予定がないと不安になる人間」は前向きに自分の弱さと向き合おうとするから
④「予定がないと不安になる人間」は内向的で常に現実から逃げ出そうとするから