電源開発株式会社が長崎に日本一大きい、強力な石炭火力発電所を持っている。
「それを見物してみませんか」というお話だった。
私には奇妙に心配性のところと、奇妙に楽天的なところとがある。石油エネルギーは先行きの見通しがわるいんだし、電気はやたらに必要なんだし、日本のエネルギーの将来はどうなるのだろうか。
この疑問は私の心配性の部分におおいに響いて心が安らかではいられない。尾籠《びろう》な話で恐縮だが、トイレットでも�大�のほうのときには、電気を消したままかがんだりしているのである。
私ごときが心配したって、なんの効果もあるまいが、なんの効果もないのにいたずらに心配するのが、心配性の心配性たるゆえんだろう。なにかこのエネルギー危機を救う、うまい話がないものかと、ひそかに期待している矢先だった。石炭発電と聞いて、「はい、行ってみましょう」と答えたのは、日頃のこうした思案のためだったろう。
旅は出発の直前までいそがしかった。出発する前に書きあげておかなければいけない原稿が山ほどあった。だから、自分がなんに乗って、どこまで行くのか、くわしい事情まで聞くゆとりがなかった。
どうせいっしょに行ってくれる人がいるのだから、万事まかせておけばいい。
このへんが、まあ、楽天的な部分である。
電源開発広報室のIさんが、午後一時半に拙宅に迎えに来てくださって、
「さあ、行きましょう」
「はい、はい」
身の廻《まわ》りの道具だけ持って車に乗った。車は一路羽田空港へ。行き先は長崎なのだから、とりあえず飛行場だろう、とは考えていた。
空は快晴。西へ傾く太陽を追いかけるようにして長崎空港へ着くと、周辺はすでに黄昏《たそがれ》の中。黒塗りの車が滑るように近づいて来て、
「どうぞ」
「はい、はい」
行けども行けども車はいっこうに目的地まで着く様子がない。
「どのくらい乗るんですか」
「まあ、二時間と少しですね」
車は明らかに山道に入り、日はとっぷりと暮れ、窓の外にはほとんど灯の光も見えない。
考えてみれば、行き先は発電所なのだ。長崎といっても町中へ行くはずはないと、あらためて納得していると、車は急に小さな波止場に着いた。
「着きました」
「はあ?」
どこにも発電所らしきものが見えない。
——おかしいな——
と思っていると、島かげからエンジンの音が聞こえて忽然《こつぜん》と一隻《いつせき》の船が現われ、桟橋に横づけになった。
「さあ、どうぞ」
驚きましたね。
まさか船にまで乗るとは思っていなかった。
乗客は随行のIさんと私だけ。つまり、この船は私を乗せるために闇《やみ》の中から突然現われたのである。そのタイミングのよさが、なにやらスパイ映画の一シーンのような印象である。
ここからは朝鮮半島も遠くないはずだし、金大中氏の誘拐事件などをふと思い出した。
私が不安な様子をあらわにしているのを見て、Iさんがニヤリと笑って「もう簡単には帰れませんよ」と、脅かす。
船は相当なスピードで疾駆し、なるほど私の水泳能力では簡単に逃げられないだろう。岬を廻ると海暗の中にポッカリと発電所らしきものが現われ、それが目ざす松島発電所だった。
翌朝、晴朗なる天気の下で見れば、まことに穏やかな海。島と言っても九州本島からそう離れているわけではなく、一番近いところを捜せば私の泳力でも充分脱出ができるとわかったのだが、夜の海というのは、どことなく怖いものです。
島にはホテルなどあるはずもなく、だが、ホテルに勝るとも劣らない宿泊施設で歓待され、見学旅行はすこぶる快適だった。まずはこの文中にて御礼申し上げます。
本当は松島発電所のすばらしさについて書くつもりだったが、紙数が少なくなってしまった。大急ぎでにわか仕込みの知識を披瀝《ひれき》すれば、この石炭火力発電所の出力は百万キロワット。百万キロワットと言われても、どのくらいのものか見当がつかないでしょう? 私もそうだった。所長の説明では、
「日本で必要な電力は約一億キロワットですから……」
「じゃあ、この規模のものが百個あれば、石油がなくても、日本は大丈夫なんですね」
「計算ではそうなりますが、これだけの設備を百作るのは大変だし、そのための石炭を確保するのも、運んで来るのもむつかしいです」
やはり石炭だけでは駄目らしい。
公害対策にも充分気を遣った、なかなか近代的な設備だったが、やはりいつの日か核エネルギーが登場してくれなければ抜本的な解決はないらしいのです。残念。