京都の女は立ち居振る舞いがものやさしいわりにはお腹《なか》が黒い、ということになっている。全国的にそういう評判になっていて、そのことは京女自身もよく知っている。だから、
「どこのお生まれですか?」
「京都です」
「ああ、それでは……」
と、こっちが皆まで言わないうちに、
「そう。お腹が黒いの」
と、察しよくむこうが先に言ってくれる。
京都の女が、日本女性の�全国的腹黒さ水準�と比べて、特にきわだって腹が黒いかどうか私にはよくわからないけれど、われら東《あずま》えびすどもがとかく誤解してしまうのは、その独特な言葉遣いである。
たとえば、京都の女は否定語をあまり用いない。
「今晩、夕食をいっしょにどうですか」
と、こちらが誘うと、
「おおきに」
と、言う。
�おおきに�というのは標準語に訳せば�ありがとう�である。
外国人ならば——つまり、この問答を外国語に直訳して外国人に読ませたならば——まず確実に夕食の誘いは受け入れられたのだと思うだろう。なにしろ相手はこちらの誘いに対して�サンキュウ�と答えているのだから。
ところが京都ではそうではない。
右のような問答で�おおきに�とか�ありがとうございます�とか答えられたら、十中八、九まで拒否されたと考えてよい。
�おおきに�は自分を誘ってくれた好意に対して感謝しているのであって、その内容は、
「お誘いは感謝しています。でも残念ながら……」
である。
本当に誘いに応じるときは、
「ほな、どうしまひょ」
と、話を具体的に進めてくる。
さらに言えば、いったん約束ができて、そのあと彼女のほうになにか事情が生じ、都合がわるくなった場合でも、京都の女は自分のほうからは断わらない。こっちが事情を察して、
「困ったな、どうしよう?」
「どうしまひょ」
「どうにもならんのか」
「間がわるいわあ」
「どうしようか?」
「どうしまひょ」
「またにするか」
「そうやなあ」
初めから答えは�ノウ�ときまっているのに、�どうしまひょ�と言って、こっちが否定的な言葉を言い出すのを待っている。�どうしまひょ�と言っているけれど、そういろいろと思案の道があるわけではない。
表面に現われる言葉遣いは、以上のように曖昧《あいまい》だが、京都の女はそれほど優柔不断ではない。むしろ合理的で冷静でプラグマチストだから、ものごとの好き嫌い、イエスとノウなどは、はっきりと決まっている。大脳の決断そのものは速いほうである。
ただその決断がなまの形で外に現われないところに特徴がある。自分のほうでは答えがはっきりと決まっているにもかかわらず、それを明確に表現しないで、相手がそれを忖度《そんたく》し迎合してくれるのを待っているわけだ。
歴史的に考えれば、朝廷を中心とする京都の貴族階級は、こういう方法で武家階級を扱ってきたのであり、その名残が現代でも京女の中にうかがえる、と言ってよいのかもしれない。この微妙な二重構造が、はたから見るとどことなく腹黒いように映るのではあるまいか。
歴史の伝統は思いのほか根深いものであり、たとえば東京で東北や九州の方言を使って話すのは一般的に言えば�恥ずかしい�ことだが、女が京都の言葉を使うことだけは周囲もちょっと敬意を払うところがある。お姫様としもじもの関係は今でも残っているらしい。
そう言えば——以上の話と直接関係があるかどうかわからないが——ある女性雑誌の編集者からおもしろい話を聞いたことがあった。
皇室関係の記事を誌面に載せて、その内容にどこか適当でないところがあると、宮内庁に呼び出される。
担当のお役人さまが、問題の誌面を机の上に広げ、渋い顔で、
「よくありませんな」
と、言う。
「どこがどうまずいのでしょうか」
と、尋ねても、なかなか教えてくれない。記者のほうが「ここでしょうか、あそこでしょうか」と質問し、ようやくむこうさんのご不満がどのへんにあるか見当をつける。そこで、
「どう直せばよかったのでしょうか」
と、聞いても、やはり、
「よくありませんな」
としか返ってこない。
記者は、またもや「こう直せばよかったのでしょうか、ああ直せばよかったのでしょうか」と、提案して、ようやく相手の顔色により判断して帰って来るのだそうだ。これが宮中式のやりかたで、京都の女と、どこか共通するところがある。