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響 灘

时间: 2018-03-31    进入日语论坛
核心提示:響  灘 休暇をとろう そう考えている矢先だった。 日本のサラリーマンが働き過ぎかどうかはわからない。欧米のサラリーマン
(单词翻译:双击或拖选)
 響  灘
 
 
 ——休暇をとろう——
 そう考えている矢先だった。
 日本のサラリーマンが働き過ぎかどうかはわからない。欧米のサラリーマンだって熾烈《しれつ》な競争の中で生きている。厳しいということなら、むこうのほうがむしろ厳しい。
 ただ、日本人の場合は、わけもなく労働時間が長い。おつきあいで残業をしたりして……。タイム・レコーダをオンに押せば自動的に働いていると見なされる。能率や集中力よりも、けっして休まないことが忠誠心の表われとして評価される。
 もうそんな時代ではあるまい。
 人はなんのために働くのか。むつかしいテーゼを持ち出さなくても、たまには純粋に私的な休暇をとってもよいではないか。休暇の理由をだれに説明する必要もない。ただ、ひたすら自分のための休暇……。
「二日も休みをとるのか。なんだね」
「ええ。命の洗濯です」
「おっ。あやしいぞ」
「はあ、どうも」
 このくらいの感覚が望ましい。
 若い人たちはみんなそれを望んでいる。現場のリーダーとしては、そんな気分をよく理解して潤滑油になってやりたい。そのためには、まず自分が実行すること……。矢おもてに立つ覚悟がなくてはいけない。
 ——さりげなく、スマートにやりたいね——
 そう考えたまではよかったが、
 ——しかし、休暇をとってなにをやるかなあ——
 保村秀一は困惑してしまった。
 会社とはまったく関係のないこと……。
 ゴルフ。これは仕事とおおいに関係がある。ほとんどの場合、仕事がらみだ。じゃあ家族旅行かな。妻と二人の子どもたちを連れて……疲れるばかりだろう。それに、家族旅行はときどきやっている。職場に対しても一応は名目の立つ休暇になっている。
 純粋に自分のためとなると、かえってむつかしい。
 なんの目的もなく一人で電車に乗り、鄙《ひな》びた温泉宿に泊り……。
 ——あんまり楽しそうじゃないな——
 もう少しましなアイデアがないものだろうか。
 ——響灘《ひびきなだ》かな——
 頭のすみに、そのイメージが浮かんだ。
「ものすごくきれいな海よ」
 ひと頃よく行っていたコーヒー店のママが山口の人で、サイフォンの中で沸騰するコーヒーの泡を見つめながら呟《つぶや》いていた。店には�イエスタデイ�のメロディが流れていて……。ママにもなにか淡い思い出があるらしい。
「断崖《だんがい》の下で暖流と寒流とがぶつかるの。波が立って、その音が響くのよ」
 あのとき保村は、頭の中に日本の地図を描いてイメージを脹《ふく》らませた。
 暖流というのは、対馬《つしま》海流のことだろう。遠く東シナ海を縫って流れて来た黒潮が玄界灘から日本海へと注ぎ込む。一方、寒流はリマン海流かな。日本海をよぎって細い対馬海峡へと押し寄せて来る。
 それがぶつかり、どんなざわめきを立てるのだろうか。響灘という命名が、いかにもそんな海にふさわしい。
 それを断崖の上からじっと見つめている……。その姿が自分であるような、そんなイメージが保村の中にできあがった。まだ行ったこともないのに。
 ——行ってみるかな——
 しかし、これとても道のりの長さのわりには、さほどのことではないかもしれない。
 電話のベルが鳴り、受話器を取った。
「はい。営業第二係」
「保村さん、お願いします」
「保村ですが……」
「あ。私。塚本です」
 声はとてもなれなれしい。
「塚本さん?」
 保村は曖昧《あいまい》な調子で答えながら記憶の糸をたぐった。
「おわかりにならない? 万里子です。清川です」
 受話器の中から含み笑いがこぼれて来る。
「ああ。わかります」
 塚本という姓は年賀状で見たが、耳にはなじみがない。結婚前の姓を言ってくれなければピンと来ない。
「お久しぶりですね」
 まったく。別れてから五、六年たっただろうか。
「うん。声は変っていない」
「そうかしら。でも、わからなかったわ、私だって」
「塚本なんて言うから……」
「仕方ないでしょ。塚本なんだから。今、よろしい?」
「いいですよ」
 周囲に視線を配りながら答えた。
「あのね……お願いごとがあるの」
「ほう。怖《こわ》いね」
「怖いかしら。そんなこと言われると言いだしにくいわ」
「なんだろう。言ってみてください」
「いきなりは変ね。お変りはありません?」
「ええ。まるで。昔と同じようにサラリーマンをやってます」
「偉くなられたんでしょ」
「いや、べつに」
 女性はサラリーマンの世界をどう見ているのだろうか。係長になったからといって、とくに職場の風景が変るものではない。椅子《いす》だってこの頃はみんな同じである。
「お昼にはお休み時間があるんでしょ」
 壁の時計が十一時二十分を指している。
「もちろん」
「だったら、お会いできません?」
「いいですよ。今、この近く?」
「銀座に。でも、どこにでも行きます」
「じゃあ、東京会館」
 会社の周辺には人目がある。とくにやましいことはなにもないけれど、万里子に会うのなら少し離れたところのほうがいい。
「お濠《ほり》ばたの?」
「そう。十二時十分。どう」
「わかりました」
「じゃあ、そのとき」
 受話器を戻し、またまわりの席に目を走らせた。みんな知らん顔をして仕事を続けているけれど、会話の断片くらいは聞いている。
 ——なんだろう——
 保村はデスクの上の書類に眼を落とし、ページをめくりながら考えた。
 見当がつかない。
 いや、思い当たることが一つだけあるのだが、多分ちがうだろう。あまりにも唐突過ぎる。
 しかし、相手が万里子ならありうることかもしれない。
 白い裸形が浮かぶ……。
 そんな想像を描いていることが仲間たちに知れたのではあるまいか。あわてて赤鉛筆をとって書類にアンダーラインを引いた。
 
「じゃあ、貯金をさせてくださらない」
 そんな台詞《せりふ》が一番よく保村の耳に残っている。
 万里子は変った言葉|遣《づか》いをする人だった。聞いたときには、なにを言っているのか、すぐにはわからない。説明を聞いて、
 ——ああ、なるほど——
 と合点する。
 ポツンと不思議なことを言いだすのだが、けっしてものを考えずに喋《しやべ》っているわけではない。頭の中にはひと続きの物語ができあがっていて、その最後の部分だけを先に呟く。万里子式の言い方で……。
 自意識が強く、おそらく自分勝手な人だろう。
 けっしてわるい意味で言うのではないけれど、そのことは何度か感じた。ほかの人なら欠点になることが長所に映る。万里子については、どうしても点数が甘くなってしまう。多分わるいものを見ないうちに別れてしまったから……。
 知りあったのは神田のスペイン語教室だった。
 スペイン語圏相手の商売が急速に脹らんでいて、
 ——少しは勉強しておいたほうがいいかな——
 そう思って夜の講座に通った。
 万里子の目的はなんだったのか。万里子はギターを弾く。
「アルゼンチン・タンゴを歌いたいの」
 ギターにあわせて原語の歌を歌いたいと、そのあたりが、とりあえずの目的だったろう。
 最初の日に万里子は遅れてきて保村の隣にすわり、なんとなくその席が定席となった。最初に話しかけたのは万里子のほうである。
「むつかしいわね」
「本気でやらないと駄目でしょう、やっぱり」
「発音はやさしいって聞いてたんだけど」
「そうでもないなあ」
 あまりなれなれしいので、保村はどこかで知っている人かと思ったほどだった。
 たとえば、同じビルに勤めるOL。取引き先の窓口嬢。近所の娘さん……。
 あとになってそのことを言うと、万里子は小首を傾《かし》げて、
「あなたが誘ったんでしょう」
 と言う。
 顔見知りになってからは、保村のほうが誘ったけれど、はじめはちがった。その記憶にはまちがいはない。
「そうかなあ」
「わるいんだから」
 と睨《にら》んでから、
「波長があいそうな気がしたのね」
 と笑う。
「波長ね」
 この言い方も万里子らしい。
 たしかに波長はよくあっていた。スペイン語のほうは二人ともものにならなかったけれど、成果は皆無ではない。三カ月の講習が終る頃には、かなり親しくなっていた。
「奥さん、いらっしゃるんでしょ」
「いる。一人だけ」
「お子さんは」
「いる。一人だけ」
 長女が生まれて間もない頃だった。
 職場の同僚に戸籍調べの滅法好きな男がいて、保村はなんとなくその男が好きになれなかった。会議ではどうでもいいことを長く喋る。もともと相性がわるく、
 ——厭《いや》なやつだな——
 と思っていたところに、酒場へ行くとホステスを相手に、
「いくつ? どこの生まれ? どこに住んでるんだ? マンションか。高いだろ。彼、いるのか? 結婚は? 同棲くらいしただろ」
 根掘り葉掘り聞く。
 相手は迷惑そうにしているのに……。答えたくないことだってあるだろう。あまりよい趣味とは思えない。みすみす相手に嘘《うそ》をつかせるようなことをしてはいけない。親しくなれば、おのずとわかることだ。
 ——あれは、やりたくないね——
 保村の中にそんな意識があったものだから、万里子についても個人的なことはほとんどなにも聞かなかった。万里子もあまり喋らない。
 横浜の生まれ。三人兄弟のまん中。両親は健在。駒込に住んでいて、彼女は短大の英文科を出ているらしい。
 少しずつ親しくはなったけれど、本当に親しくなるまでには、まだまだいくつもの壁を崩さなければいけなかった。
 容姿は美しい。保村の好みと言ってよい。どこが好きかと聞かれても……まあ、黒眼がちのまなざしがよい。表情が変化に富んでいる。睫毛《まつげ》の長さとも関係があるのだろう。眼を伏せると、上睫毛と下睫毛の先端が重なる。その表情がわるくない。
 痩せているが、胸は……多分小さくはあるまい。くっきりとした曲線を描いて脹らんでいるだろう。
 ——こんなガール・フレンドがいてもいいな——
 男はだれでもそう思う。思いながらもためらう。
 ——深入りをして、よくないことが起きるのではあるまいか——
 一線を越えて親しくなるとすれば、それなりの覚悟と分別がなくてはいけない……。
 同じ頃、労働組合の職場委員の選出があって、保村は仕事が忙しいし、興味も薄いし、委員になんかまるでなるつもりはなかったのだが、組合のボスに膝詰《ひざづ》めで説得され、引き受けてしまった。
 課長に呼び出され、
「職場委員を引き受けたんだって」
「まずかったでしょうか」
「いや、まずいことはなにもない。みんながやってる。いい経験にもなる」
「はい……?」
「しかし、君はやらないつもりでいたんじゃないのか」
「はい」
 この課長は大学の先輩で、よく誘われて昼食を一緒に食べたりする。心境を話したこともあっただろう。
「それがいけない。いったん決心をしたら、貫かなくちゃあ。簡単に変えちゃ駄目だよ。君は東京っ子なのかな。淡白で、ちょっと執念の足りないところがある。長所も短所も匙《さじ》加減ひとつだけどな。もう少ししつこくてもいいな、自分の考えに対して。そうじゃないと、仕事もうまくいかない。多少まちがっているようなことでも強引に突き進むと、いい結果が出ること、あるよな」
「そうですね」
 思い当たることが、なくもない。人間関係のトラブルでも、
 ——俺が譲ればそれでいいんだな——
 そう思うと、保村はわりと簡単に譲歩してしまう。仕事の面ではマイナスになることが多い。課長はそれを言ってくれたのだろう。
「けちをつけるんじゃないぞ。長い眼で見て、少し気をつけたほうがいいと思うんだ」
「わかりました」
 サラリーマンは仕事のことがいつも頭の中に埋まっている。当然のことだ。起きている時間の大部分が仕事で占められているんだから……。職場で考えたことは、そのまま私生活にも影響を与える……と、あのときはそう明確に意識したわけではなかった。むしろあとになって気がついた。意識していたら、かえってスムーズに行動がとれなかったかもしれない。
 頭のどこかに、
 ——迷っちゃいけない。もう少し強引にならなくちゃあ——
 そんな意識が潜んでいて、万里子と会っているときに、それが動きだした。
 ——万里子だって厭ならば、こんなにしょっちゅう会ったりはしない——
 保村に妻子のあることは、ちゃんと伝えてある。男と女が親しくなればどうなるか、万里子だって、それを知らない年齢ではあるまい。むしろむこうはもどかしく思っているかも……。
 日比谷公園のレストランで食事をして、外に出たところで万里子の手をコートのポケットに引き入れた。前を見たまま、
「あなたが好きだ」
 薄暗い灯の下で呟いた。
「ええ……」
 万里子は短く答えた。
 聞こえなかったみたいに。まるで言葉の重さを知らないみたいに……。
 戸惑いが保村の喉《のど》のあたりで蠢《うごめ》く。
 好きだという気持に偽りはない。好きだからこそ、こうして何度も会っている。どういう女性か、まだよくわからない部分もあるけれど、そんなことを言っていたら、いつまでたっても男と女のあいだに�本当にわかる�などということはありえない。どこかで賭けなくてはいけない。
 とはいえ、妻子のある男が家族を捨てる覚悟もなく「好きだ」なんて……簡単に言っていいものかどうか。いいかもしれないが、
「でも、嘘でしょう。そんなの、ただの遊び……でしょ」
 そう言われたら反論はむつかしい。どこかにやましさがある。
 ——そこまで厳密に考えることもないんだよな——
 そんなことを考えるから強引になれない。
 足を止め、もう一度、
「あなたが好きだ」
「どうしたんですか、急に」
「急は急なんだけど……少しずつ心が傾いて、このくらい好きなら告白してもいいだろうと思って」
「理屈っぽいのね。で、どうすればいいの、私のほうは?」
 女のほうが落ち着いている。
「あなたを……抱きたい」
 思いがけない言葉がこぼれた。課長の忠告があと押しをしたのではあるまいか。
「強引なのね」
「うん。どうしても」
 無言のまま少し歩いたが、今度は万里子が足を止めた。
「じゃあ、貯金をさせてくださらない」
 意味がわからない……。
「どういうこと?」
 保村が尋ねた。
「いいわよ。私も保村さんのこと好きだから。でも、今夜だけ……。ね、約束して」
「どうして」
「そういうこと、できなくなるの。もうすぐ」
「結婚とか?」
「そのへんね」
「貯金て、言ったよな」
「そう。貯金よ」
 保村が想像したのは、万里子の結婚の相手が銀行員で……。定期預金の勧誘のノルマがあって……。しかし、ちがうな。
「わからない」
「今夜は保村さんの言うことを聞くわ。そのかわり、いつか私がお願いすることを聞いてくださいな」
「どんなこと?」
「わからない」
「いつかって、いつ?」
「それもわからないの。十年後かもしれないし、二十年後かもしれないし、一生お願いしないかもしれないわ」
「なるほど」
 貯金の意味がようやくわかった。
 言ってみれば、サービスの貯金。今夜、万里子は貸し方になり、いつか保村は万里子にその返済をしなければいけない。
「いい?」
「いいよ」
 話しながら公園の外に出た。
 保村はタクシーを止め「千駄ヶ谷まで」と小声で告げた。
「英語にフェイバーって単語があるんだ。親切とか好意とか」
 饒舌《じようぜつ》になってしまう。照れ隠しの一つらしい。
「ええ……?」
「あなたは今フェイバーを貯金したわけだよな。いつか請求があったら、そのときは僕がフェイバーを返さなくちゃいけない」
「そう。正解」
「英語の辞書を引くと、フェイバーのところに�女が男に許す最後のもの�って解釈が載《の》っていた。中学生のときにはなんのことだかわからなくて、高校生になってわかってドキンとした」
「あ、ほんと。保村さん、英語できたんでしょ」
「そうでもない。好きだったけど」
「好きなら上手よ」
「そうとも言えないよ。下手の横好きってこともあるから」
 話を繋《つな》ぎながら保村は考えた。
 ——どういうことかな——
 自分で誘っておきながら釈然としない。あまりにも簡単に応じられてしまった。
 ——近く結婚をするような話だったけれど——
 きっとそうだろう。
 貞淑な人妻になる前に、最後の冒険をする……。女性には、そんな心理があるのかもしれない。
「もう少し先まで行って」
 千駄ヶ谷の駅前を過ぎ、その手のホテルの並ぶ路地の入口で車を止めた。
「ここ?」
「ごめん。へんなところで」
 手を握って薄暗い門をくぐり抜けた。自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「休憩を」
「はい」
 万里子とは言葉を交わさずに部屋へ入った。
 料金を支払い、係りが立ち去ると、万里子が、
「恥ずかしいわ。こんなになってんのね」
 と、両掌で頬を包みながら周囲を検分する。
「僕だって、よくは知らない」
「本当に?」
「うん」
 色だけのお茶をすすった。香りも味もない。
「なんだか、変」
 万里子は、狂った思考をもとへ戻すみたいに強く首を振る。
「結婚するのか」
「聞かないで」
「うん……」
 手を取り、肩を抱き、唇を重ねた。
 ブラウスの襟を割って……保村の予測はよく当たっていた。
 細身の体にまるい毬《まり》のような乳房が弾んでいる。いかにも感じやすそうな乳首がツンと上を向いていた。
 男を知らない体ではなかった。
 しかし薄闇の中で交わった記憶は、その闇の色と同じようにとりとめがない。保村は夢中だった。自分の仕草を……相手の仕草を、一つ一つ確かめるほど冷静ではなかった。
「もう会えないのかな」
 結婚するのなら、当然そうだろう。
 そうでもないのかな。貯金もあることだし……。
「わからない。連絡します。さよなら」
 駒込の、万里子の家の近くまで送って行って別れた。
「さようなら」
 それが最後だった。
 間もなく結婚の通知が届いた。
 ——むしろ万里子のほうが借りを返したのかもしれない——
 つまりスペイン語教室で知りあってこのかた、おおむね保村のほうが万里子に対してサービスを注いでいた。ハートも使ったし、まあ、たいした金額ではないけれど、お金も使った。それが男の役割だろう。保村としてはなんの不満もないけれど、万里子は万里子で負担を背負ったまま別れるのが厭だったのかもしれない。だから一度だけ……保村はそう解釈した。それが当たっていたのかどうか。
 そのまま六年たち、突然電話がかかって来て、万里子と昼休みに会うことになった。
 
 約束の時間に少し遅れて着くと、万里子はケーキのケースを覗《のぞ》いていた。うしろ姿だが、すぐにわかる。スーツの色でわかる。
 どういう色かと聞かれても保村はうまく説明ができないけれど、万里子には好みの色がいくつかあって、それ以外のものはけっして着ない。
 今日は、紺とグリーンのツー・ピース。くるりと振り向き、
「お久しぶりです。ご迷惑じゃなかった?」
 万里子は深々と頭を垂れた。
 いくつもの非礼を詫《わ》びるみたいに……。
「こちらこそ。なにか食べるでしょう」
「保村さんは?」
「うん。軽いもの」
「私もつきあうわ」
「じゃあ、二階へ行って」
 レストランにあがり、メニューも見ずに保村はスパゲティを注文した。昼間からあまりボリュームのあるものは食べにくい。
「私も同じもので」
 万里子はほとんど変っていない。むしろ念入りに化粧をしていて、
 ——きれいな人だったんだよなあ——
 と、あらためて容姿の美しさを思いなおした。
 歯並びがきれいで、これは、
 ——昔からそうだったろうか——
 以前はあまりよく見ていなかったらしい。
「貫禄がついたみたい、保村さん」
「少し太ったからな。来月で三十五だもん」
「そうじゃなく。やっぱり……」
 保村は運ばれて来た料理をフォークでまるめて口に移しながら、
「お子さんは?」
「いるわ、一人。おたくは?」
「うん。二人になった。どこに暮らしているの」
「辻堂」
「ちょっと遠いね。ご主人はなにをしている人なの?」
 万里子は首をすくめて、
「戸籍調べなの? きらいだったはずじゃない」
 口調がすぐに昔に戻る。
「うん。好きじゃない」
「じゃあ、いいでしょ。時間もそんなにたくさんはないでしょうし」
「あなたらしい」
 昼休みのうちに、なにをどう話そうか、万里子はあらかじめ考えて来たらしい。
「さっき電話で�お願いごとがある�って言ってたけど」
 と保村が水を向けた。
「ええ。あい変らず突然で……。なにも聞かないって約束してくださる?」
 万里子は眼を伏せたまま言う。睫毛の先端が重なり、この表情が一番よく記憶に残っている。
「うん?」
 息を整えるようにしてから、
「旅に連れてってほしいの」
 と、上眼遣いの視線が飛んで来た。
「どこへ」
「どこでも。景色のいいところ」
「いつ?」
「ウィークデイ。無理かしら。一泊旅行。来週か、再来週か……」
 保村は笑いながら、
「貯金をおろしに来たわけか」
 電話を切ってからずっとそれを考えていた。なにしろあの夜に別れて、その次が今日なのだから……。
「覚えていてくださったのね」
「忘れられない」
「あつかましいわね、私って。でも、そんな……押しつけがましいことじゃなく……たまにはこんなことがあってもいいんじゃないかって……軽く考えてくださいな。無理なら無理っておっしゃって。あい変らず身勝手で、変な女なんですから」
「でも、どうして」
「聞かないでって言ったでしょ」
「わかった。聞かない」
 お客がお金をおろしに来て、銀行がその理由をいちいち尋ねたりしてはいけない。
「ほんの気晴らし、つまらないことよ」
「一泊でいいの?」
 手帳を開いてスケジュールを見た。
「ええ。いくら私だって、そんなにひどい気ままはできないわ」
 保村はちょうど休暇をとろうと思案しているときだった。
「来週の火曜と水曜。それならなんとかなる」
�なんとかする�のほうが正確だろう。
「いいわ。ごめんなさい」
「でも、どこへ行く?」
「だから……どこへでも。滅多にいかないようなところ。景色がよくって」
「そう……。響灘。少し遠いけど」
「どこにあるの」
「山口県。下関の上のほう。暖流と寒流がぶつかって音をたてている。すばらしい海らしいよ。前から行きたいと思っていたんだ」
「すてきね、響灘だなんて。でも、行けるのかしら、一泊旅行で」
「大丈夫だろ。飛行機で宇部まで行って、あとは車だな。朝、九時くらいに出発して、翌日は夕方七時くらいの見当で……」
「私は平気よ。保村さんは本当に大丈夫なの? ウィークデイに休んだりして」
「休暇はとったほうがいいんだ」
 手短かに職場の事情を説明した。
「うれしいわ。無理を言ってすみません。保村さんならきっとつきあってくれると思ったの。なんにも聞かずに、サラッと……」
「日常性からの脱却かな」
「えっ? むつかしいのね。でも、そんなとこね、きっと」
 だったら日常のじめじめしたことは聞かないほうがいい。
 旅の手はずは保村が整えることにした。万里子は身一つで羽田のロビイに来てくれればそれでよい。
「じゃあ来週早々にでも電話をください」
「ええ。よろしく」
 自動ドアを出たところで別れた。
 ——思いがけないことがあるものなんだなあ——
 お濠ばたの柳が芽をふき、陽気がすっかり春めいている。保村はコートを脱いで、身も心も軽い。だれかが見たらひどくうれしそうに映っただろう。
 
「命の洗濯をします」
 休暇の理由はそれだけで押し通した。
 航空券を手配し、ホテルの予約もウィークデイだからなんとか押さえることができた。
 出発の前の日、ささいな好運が重なった。
「保村さん、書留ですよ」
 届いた現金書留を、
 ——なんだろう——
 裏返して差出人を見ると�白田武臣�と書いてある。
 ——ああ、そうか——
 一万円札が五枚……。達筆の手紙がそえてある。
 保村が大学生だった頃、この差出人の長男の家庭教師を務めた。志郎君と言って、今でも年に一度くらいは会っている。
 去年の暮、白田武臣氏から電話があって、
「お世話になっている人の息子さんが、あなたの母校を受験することになってね、だれか親しい先生を紹介していただけないかな」
 という相談だった。
「紹介するのはかまいませんが、おそらくなんのお役にも立てないと思いますよ」
 これは本当だ。学長の息子だって落ちる。なんの情実もない。助教授になったばかりの友人がいて、母校の受験事情については保村もひと通り聞いて知っていた。
「ええ。それはわかってます。気休めと、それから、あとでどのくらいの成績だったか……今年は無理かもしれないけど、来年のために一応知っておけるものなら知っておいたほうがよかろうかと思って。むこうの親御さんがそう言うんですよ」
「当たってみます」
 助教授に電話をかけてみると、
「なんの役にも立てないよ。俺たち、かえってせいせいしてんだけどな。せいぜい発表の三十分くらい前に結果がわかるくらいかな。点数を知るのは簡単だよ。希望があれば教えることになってるから。その息子さんに会って�しっかりしろ�って言ってやるだけなら、いいけど、くれぐれもへんな期待は抱かせないようにしてくれよ」
 と、予測した通りの返事だった。
 それでも白田氏は紹介してほしいと言うので、保村は紹介の労をとった。ただそれだけのこと……。
 手紙は丁寧な感謝を述べたあとで�本来は一席でも設けて御礼すべきところですが、大兄も御多忙のことと察しあげ、まことに、まことに失礼とは思いましたが、心の一端をお送りいたしました。私の頭の中では、大兄が学生でいらした頃の御様子が、まだ抜けずにいるようです。どうぞこころよくお収めください�と現金を送る非礼を詫びている。
 ——どうしたものかな——
 やましいことはなにもしなかった。だがこうした金銭は、多少のやましさと引き換えに入手するものではあるまいか。
 ——そう堅く考えることもないか——
 送り返したりしたら、かえって角が立つ。
 ——志郎君と会ったときに御馳走してやればいいな——
 なにはともあれ、万里子との旅を前にして、このお金は役に立つ。
 ——神様が応援してくれてるんじゃあるまいか——
 保村は馬鹿らしいことを考えて、笑いを噛《か》み殺した。
 
「おはようございます」
 万里子の顔が上気している。先日よりさらに若くなったみたいに見える。
「いい旅にしたいね」
「はい」
 空は快晴。窓際の席がとれた。
「タバコ、喫うの?」
「いや、喫わない。でも喫煙席のほうがいいんだ」
「どうして?」
「子どもがいない。神経質そうな人もいない。タバコのほうがまだいい」
「ああ、そういうこと」
 並んで腰をおろし、そっと万里子の手を握った。轟音《ごうおん》とともに窓の外の風景が傾き、保村は軽いめまいを覚えた。
 ——体ばかりじゃない。心が空を飛んでいる——
 万里子は眼を閉じていたが、本当に眠っているのかどうか、指先の感触は目ざめていた。
 イヤフォンを取って軽音楽を聞き、落語に切り換えた。機体が揺れ窓の外が白くなる。耳が痛む。
「着いたよ」
 宇部空港に降りてタクシーを拾った。予算には、五万円のプラス・アルファがある。タクシーのメーターに気を遣うこともあるまい。
「西|長門《ながと》のホテルまで。下関を抜けて行く道しか、ないの?」
「そうですね」
「どのくらいかかる?」
「メーターですか」
「いや、時間」
「一時間半くらい」
 運転手は三十そこそこの男。保村たち二人をどんな関係だと思っているのだろう。
 しかし、運転席のうしろ姿は、そんなことなど、さほど気にかけているようには見えない。
 車はいくつもの街を通り抜ける。
「ハッピイなんだね」
 小声で万里子に尋ねた。
 万里子は昔から突拍子もないことを企てる人ではあったけれど、人妻がこんな旅に出て来るのは、よくよくの事情があってのことだろう。幸福じゃない理由のほうが考えやすい。
 万里子は、少し間を置いて、
「ハッピイよ、今」
 と、膝の上のハンカチを伸ばしながら答える。「今」という言葉にことさらアクセントを置いて。
 ——今、この瞬間だけはハッピイよ——
 と、そう答えたのだろう。保村の質問の意味を充分に承知していながら、わざと近況について語るのを避けたらしい。言葉の抑揚はそう聞き取れた。
「あのね、近所に魚屋さんがいるの」
 ガラリとちがったことを言う。
「うん?」
「その魚屋さんのお兄ちゃんがね……気をわるくしないで。あなたに似ているの」
「へえー」
「もっと若いし、魚屋さんだから威勢がいいんだけど、シャイなとこがあって……笑い顔が似てるのね。二軒、魚屋さんがあるんだけど、たいていそっちへ行くわ」
「ふーん」
「だから、私のほうは結構あなたのこと、思い出しているのよ」
 女は、こんなふうな言い方で男の気を引くものなのだろうか。
 下関を抜けると、風景が少し鄙《ひな》びたものに変る。
「あ、きれい」
 左手にまっ青の海が広がった。
 なるほど、これは美しい海だ。潮の香りが車内にまで染み込んで来る。
「海らしい海だ」
「近ごろ、まがいものばっかり見せられているから」
 道路と海とのあいだに細い鉄路が頼りなさそうに続いている。
「これ、何線?」
「山陰本線ですよ」
 と運転手が答えた。
「それしかないよな、ここを走っているのは」
 とても主要幹線のようには見えない。
 万里子の手を握りながら、
「うっかりしてたんだよな」
「なーに?」
「本州の形は知ってるけど、萩より先のほうになにがあるか、あんまり考えたこと、なかったよ」
「ええ……?」
 スカートの上に本州の尻尾《しつぽ》のあたりを、つまり中国地方の先端を描いて、
「こっちが瀬戸内、こっちが日本海。広島、徳山、宇部、下関……瀬戸内海側のほうは先端までずーっと知ってるけど、日本海側は松江があって、出雲があって、あとは萩くらいで、その先どうなってるか、考えたこともなかったなあ」
 住んでいる人は怒るだろうけれど……。当然陸地はある。
 しかし、下関からまっすぐ北に上るあたりは、つまり、今走っている道筋はガイドブックにもほとんど記されていない。
「はじめてなの?」
「そう。このへん一帯を響灘って言うらしい」
 地図にはそう書いてある。
 保村は少し勘ちがいをしていた。響灘はもう少し狭い地域だろうと……まさに崖《がけ》の下で暖流と寒流とが音をあげて衝突している海だろうと、そんな光景を想像していたのだが、どうもそうではないらしい。
 このあたりで二つの潮流が交わっているのは本当だろうが、どう耳を澄ましてみても波の響きは聞こえて来ない。潮のぐあい、風のぐあい、響灘の響きはいつ轟《とどろ》くのだろうか。
「むこうは韓国でしょ」
「当然そうなるよな」
 一時間あまり走って海ぞいのホテルに着いた。早速部屋に案内してもらい、
「あらッ、なにかしら」
 窓の外を見て万里子が声をあげた。保村も窓辺によって、
「ほう、やるもんだねえ」
 と頷《うなず》いた。
 すぐには風景の正体がわからなかった。
 少しずつわかった。
 ——これが響灘——
 想像とは少しちがっていたけれど、コーヒー店のママは、まるっきり嘘をついたわけではないらしい。
 白い砂浜があり、海を挟んで二、三百メートル沖あいに小島がある。
 その砂浜から小島にかけて一直線に波がぶつかり、白く騒いでいる。波打ち際が沖に向かって走っている……。そんなふうに見えた。
 こういう波が立つのは、右と左から、北と南から、二つの流れが押し寄せて来て、ここでぶつかるからだろう。はじめて見る風景だった。
 ——響灘にはこんな浜がところどころにあるのだろうか——
 途中にはなかった。いずれにせよ、ここが暖流と寒流の衝突点の一つであることはまちがいない。外に出れば波のざわめきも聞こえるだろう。
「行ってみよう」
「うん。行こ」
 旅の装備を解き、ホテルのサンダルを履いて海辺に出た。
 むしろ穏やかな風景である。この付近だけ岩礁が切れて砂浜が伸びているから、夏にはきっとよい海水浴場になるだろう。ほとんど人影もない。手を繋いで歩いた。
 しかし近づいてみると、海はそう浅くはない。二つの海流がぶつかるあたりは、やはり猛々しい。はっきりと海のざわめきが聞こえた。
「これが響灘なの?」
「そう。これが響灘だ」
 わけもなく誇らしい。
 万里子がサンダルを脱ぐ。白いふくらはぎが走りだし、砂浜に足跡が残り、波がたちまちかき消す。
 潮騒の中で髪がなびいている。
 保村も走った。
 心が少年に返って行く。
 万里子に追いつき、腕を伸ばして抱きあげた。万里子は笑いながら身をよじる。まるで大きな魚みたいに……。もつれて転げてしまった。
「ひどい」
「暴れるからだよ」
 砂浜で万里子は膝をかかえ、保村は足を伸ばした。
「来て、よかったわ」
「本当に?」
「ええ」
 不思議な海が二人だけの風景となって騒いでいる。
「こんなことって……あるのね」
 万里子の眼はまっすぐに海に向いているけれど、言葉はざわめく波について言ったのではあるまい。
「あるんだよ」
 一本の電話から始まった……。
 いくつかの障害があった。
 なによりもまず、心の障害……。万里子がなぜこんなことをする気になったのか、ためらいのなかったはずがない。
 もちろんだれかに知られてよいことではない。文字通りの不倫……。どちらにとっても陥穽《かんせい》はすぐそばにあいている。
 心のやましさは、ほかにもある。
 ——こんなことのために休暇をとっていいのだろうか——
 保村はそれを思い、万里子も同じように、
 ——こんなこと、やっていいのかしら——
 家に残して来た子どものことを考えているのではあるまいか。だが、とにかく決断をして、ここまで来てしまった。
 後悔はない。
 むしろ保村は決断一つで、こんな甘美なひとときが生じうることに驚いている……。それが偽りのない気持だった。
 しばらく海辺を散歩して部屋に戻った。部屋にもバスルームがついているが、地下の大浴場のほうがすてきらしい。浴衣を持って階段を降り、
「少しだけお別れ」
「ご機嫌よう」
 二つの浴場に別れた。
 男風呂はガラス窓が海に接して広がっている。湯船の水面が波の高さと等しい。だから湯の中に身を沈めると、波がすぐ眼の前に寄せてくる。海の中に沈んでいるような錯覚を覚えた。
 島が見える。
 少しずつ宵闇《よいやみ》が迫って来て、島の灯が二つだけ光っている。
 ——人が住んでいるのだろうか——
 もう一つ灯がついた。人家かもしれない。
 風呂から出て売店のみやげものを眺めていると、
「いいお風呂」
 と、万里子があがって来た。
 髪を束《たば》ねて捲《ま》きあげ、頬が薔薇《ばら》色に上気している。ふっと肌が匂う。
「海のすぐそばだった? 女風呂も」
「ええ、そうよ」
「窓が広くて?」
「そう。夕日がすてきなんですって」
「そうだろうな。今日は雲があったけど。海に沈むところが見たいね」
「でも島があったでしょ、沖のほうに」
「さっきの島だよ」
「ええ。たいていはあそこに日が沈んじゃうんですって。海に落ちる夕日を見るには、お正月がいいらしいわよ」
「なるほど。季節によって太陽の沈む位置が変るわけだ」
「そうみたい。お正月に来たいわね」
「来れるかな」
「無理ね」
 夕食は別棟の食堂に案内された。
「飲む?」
「飲みたい」
 三本の酒をゆっくりと飲んだ。
 部屋に戻ると、布団が並べて敷いてある。テレビをつけ、しばらくはとりとめのない会話を交わした。
「あのあと、すぐに結婚をしたのか」
「まあねえー」
「僕と会ったときは、もう決まっていたわけだ、結婚が……」
「そうでもなかったけど……ぎくしゃくしてたのよ。厭あね、こんな話」
「うん。知ったからって、どうってこと、ないもんな」
「そう……。あのね」
「うん?」
「東京へ帰っても……あとを引かないでくださいな」
「この前と同じか」
「ええ。ごめんなさい」
 事情はなにもわからないけれど、万里子が考えていることはおおよそ察しがついた。
 日常性からの脱却……。くり返してはいけないのかもしれない。保村は、
「あなたの好きなように」
 と呟き、そばに寄って肩を抱いた。
 唇を重ねた。
「一期一会《いちごいちえ》……。わかります?」
「ああ。一期二会かな」
「そうね。二回あったから。でも……これはお茶の言葉でしょ。気持の持ち方を言ってるのよ。いつも一生に一回しか会えないんだと思ってやりなさいって……」
「一期三会になるかもしれない」
 胸をさぐると、あい変らずしっかりと量感のある乳房が弾む。
 ヒクン、と女体が震えた。
「そんな気持よ。ただの浮気かもしれないけど……」
 と万里子は呟く。
「忘れられなかったよ」
「本当に?」
「本当だ」
 少し嘘が混っている。
 忘れはしなかったけれど、さりとて鮮明に覚えていたわけでもない。はじめから記憶のはっきりしない部分があった。
 この前は……風のように吹いて、たちまち吹き去って行った情事だった。薄闇の中で、なにもかもおぼろで、不確かだった。
 指の動きに応えて、乳首がツンと上を向く。
 この感触はよく覚えている。
 ——恥毛はどんな感じだったろう——
 指先に触れ、
 ——ああ、少し粗《あら》い感じ——
 と、思い出した。
 たとえば、いつか訪ねた町……。同じ道をたどって少しずつ思い出す。前には気づかなかったことを、あらためて知る。町も少しは変っているだろう。もしかしたら、すっかり変っているかもしれない。
「こんなに明るいところで?」
「いけない? 今度はしっかりと覚えておきたいから」
「わるい趣味」
「そうかな」
「そうよ」
 しかし、万里子はそれ以上は抗《あらが》わなかった。
「恥ずかしい」
 小さく呟いて万里子は布団の中に滑り込む。
 もつれあううちに、白い女体が灯の下にあらわになる。指先に熱いぬめりが伝わって来る。女体ははっきりと熟していた。
 かすかに甘い体臭が匂う。
 体の昂《たか》まりにつれ、少しずつ匂いを増す。
 ——前もそうだったろうか——
 わからない。多分、そんなことはなかった。第一、昂まりの度あいがちがっている。
「ねえ、ねえ」
 万里子はねだるような声を上げ、歓喜はとめどなく深まって行く。
 ——前はこうではなかった——
 女体は明らかに変っている。
 無理もない。六年の歳月が流れている。女は結婚をして、子どもを生んだ。
 体を重ねると、万里子は足を揃《そろ》えて伸ばす。その仕草には記憶があった。
 保村の中にも歓喜が急速に昂まって来る。
「万里子さん」
 名を呼んだ。
 万里子は少し眼を開け、首を左右に振る。呼ばないでくれと願っているみたいに……。
 名を呼ぶことは愛の告白かもしれないけれど、呼ばれた相手は一瞬の理性を呼び起すかもしれない。愛の営みに没頭するためには、そんな意識はけっしてプラスにはならない……。
 万里子はふたたび眼を閉じた。眼の前にある現実を拒否するみたいに。一方、保村は、抽送《ちゆうそう》をくり返しながら、
 ——俺は保村秀一なのだろうか——
 と訝《いぶか》った。
 別人になったわけではないけれど、今、この瞬間に名前なんかなんの意味もない。ただの男。ただの裸体。布団の上で背中だけが動いている。
 そして、胸の下にいるのは、ただの女。ただの裸体。細い腕が背中に絡んでいるだろう。万里子にはちがいないけれど、万里子であることの意味はどんどん薄くなる。
 体液がほとばしる。
 女体がそれを捕らえる。
 汗ばんだ匂いが広がる。
 そのままの姿勢で保村は女体が少しずつ万里子に戻るのを待った。
 
 保村は少しまどろんだ。
 短い眠りだったが、無明の穴におちて行くような深い眠りだった。
 つぎに眼をさますと、灯りが消え、万里子は隣の布団に体を移していた。
 軽い寝息が聞こえる。万里子も眠っているらしい。眼を凝らすと優しい面《おも》ざしが映った。
 ——なぜだろう——
 保村は、どうしても万里子が突然電話をかけて来た理由を考えてしまう。
 聞いてみたところで、万里子は話すまい。それに……聞いてしまえば世間によく転がっているような月並の話。そして、八割がたは正しいが、ほんの少しちがっている。人の心をくまなく言葉に変えることはできない。
 ただの気まぐれ……。
 見かけは軽いが、動機において深刻な気まぐれというものもあるだろう。
 連想が広がる。
 ——木塚がそうだったな——
 去年、自殺をした同僚。自殺の少し前に彼は、通りがかりの小学校の運動会を覗き、父兄にまじってトラックを疾駆した。一等賞、賞品はなんのためだったのか。わからない。
 ——万里子も死ぬんじゃあるまいか——
 突然「一緒に死んでほしい」と頼まれたりして……。闇の暗さはとりとめのない思案を生む。
 ——暗い想像はやめておこう——
 響灘には楽しさのためにのみ来たのだから。
 それに、万里子は大丈夫だ。決定的な破綻《はたん》はない。そんな気がする。自分でそれなりのバランスをとる。今日の旅そのものが心の天秤《てんびん》に平衡を与えるためではあるまいか。つまり、心になにか不満がある。こころよい旅をして、プラスのおもりを加える。その不満がなんなのか。やっぱりわからない。
 ——それよりも、体が変ったな——
 この想像のほうが楽しい。
 女体の内奥からはっきりとした歓喜が伝わって来た。その感触が保村の中に残っている。
 ——本当にこれでおしまいなのかなあ——
 万里子は「あとを引かないでくださいな」と言っていたけれど、このまま終ってしまうのは残念でならない。なにか手だてがないものだろうか。
 ——俺はお人よしのところがあるからな——
 半年ほど前、学生時代の友人が会社に訪ねて来た。杉田といって、高校で二年間机を並べた仲だった。「事務機器の会社を始めた」というので総務の同僚を紹介した。ところがほとんど実体のない会社だったらしい。むこうははじめから保村を騙《だま》すつもりで来たようだ。とてもそんな様子には見えなかった。少年の頃と同じような笑顔だった。表皮の下に黒い野心が潜んでいたなんて……。相手がだれであれ、欲望のありかに眼を配ることを忘れてはなるまい。
 いつのまにか眠った。
「起きていらっしゃる?」
 細い声を聞いて眼を開けた。
「うん」
 薄闇の中で万里子の眼がポッカリと開いている。まなざしが微妙に揺れている。
 ——あれほどの歓喜を知っているんだから——
 万里子に性の欲望のないはずがない。
 ——それを望んでいる——
 その充足のために来た旅ではないのだろうか。
 たとえば、夫と子どもと、そこそこに幸福な家庭を営んでいたとしても、性には満たされない部分があって、その渇望が万里子を冒険に向かわせたとか……。男なら充分にありうることだ。女にはけっしてないことなのだろうか。
 カーテンのすきまが少し白んでいた。夜が明け始めているらしい。
「よく眠っていらしたわ」
 それには答えず、万里子の布団へ体を移した。
 甘い匂いが騒ぐ。ぬくもりが脚《あし》に伝わる。乳房が胸に触れ、乳首のありかがわかった。
 女体は歓喜の余燼《よじん》を残している……。肌の下に埋もれ火を隠している。保村の手が届くたびに燃えて走りだす。野火のように……。
「濡《ぬ》れてる」
「厭、恥ずかしい」
 指をそえると、サクリと割れて引き込む。
 最前より一層激しい歓喜だった。
 絞るような強い抱擁《ほうよう》の中で保村は果てた。
 
「今日はどうするの?」
 万里子の声が弾んでいる。表情が美しい。上機嫌になればなるほど面ざしの映えて来る人だった。
「萩まで行って行けないことはないけど、ちょっときつい」
「萩は行ったことあるわ」
「そう。いつ頃?」
「ずいぶん前だけど。ゆっくりしたいわね」
「青海《おうみ》島のあたりまで行って、あとは秋吉台を抜けて宇部空港に戻る」
「秋吉台って鍾乳洞《しようにゆうどう》のあるところでしょ。そこにも行ったわ」
「車で通るだけだ」
 カーテンを開けると、朝の海が光っていた。
「波が変ったみたい」
 と、万里子が指をさした。
 あい変らず沖あいの島に向けて一筋の白い波が伸びている。
「そうかな」
「昨日は右から寄せてたでしょ。今は左の波のほうが大きいわ」
 左と右から、つまり南と北から波が寄せ、ぶつかって白い筋を作っているのだが、どちらの波が大きいかによって波のかぶさりようが変って来る。たしかに今は左から波がかぶさって崩れている。昨日はどうだったろう。保村は覚えていない。
「男と女みたい」
「どうして」
「知らないところから寄せて来てぶつかって……。愛の大きさがちがうの。そのときどきで」
「なるほど」
 昨日と同じように連れだって地下の大浴場へ降りた。
「この頃、�ザ温泉�てのがあるんですって」
「なんだい、それ」
「自分の家で温泉に入れるの」
「ああ、入浴剤だろう。別府温泉の粉とか、登別温泉の粉とか」
「ううん。そうじゃなく、お湯が還流式になっていて、清浄装置がついてて、いつでも温かい温泉に入れるんですって」
 食堂へ行って朝食をとり、部屋へ戻った。
「しかし、いくら温泉があっても、わが家じゃこの景色がない」
「本当。きれいな海ね……。あ、駄目」
 窓辺に立った万里子を羽がい締めにする。ブラウスの襟を割り、窮屈そうな乳房を解放した。太|腿《もも》の奥が薬で焼いたようにくすんでいる。
「もう出発しなきゃ」
 と、万里子は抗ったが、結局組みしかれてしまった。
「また汗が……。ひどいわ」
「ごめん。温泉はいつだって入れる。また行こう」
「もうたくさん。おかしくなっちゃう」
「じゃあ、僕だけちょっと」
 保村が汗を流して部屋へ戻ると、万里子は化粧を終っていた。
 出発の時間がすっかり遅れてしまった。
 タクシーを待ちながら、
「満足?」
 と保村が尋ねると、万里子は少し蓮《はす》っ葉《ぱ》な仕草で背広の肩を叩いて、
「厭あね。でも満足よ」
 と、首をしきりに振っていた。
 保村は旅全体の印象について尋ねたのだが、万里子はもっと狭い意味にとったらしい。なにしろ三回も抱きあってしまったのだから。
 ——これでいいのかな——
 万里子は心の安らぎを求めて保村に会いに来たのではあるまいか。語りあうことよりも抱きあうことにだけ時間を使ってしまって……。それが万里子の望みだったのなら、かまわないけれど……。しかし、久しぶりに会って、二人はなにを話せばよいのだろうか。
 油谷《ゆや》湾を眺め、青海島まで走った。
「島めぐりの遊覧船が出ている」
「船はいいわ。散歩しましょ」
 海ぞいの遊歩道を歩いた。
「人間て、みんなエゴイストでしょう」
 万里子が体のうしろで手を組みながら呟く。
「ああ」
「人を愛することなんて、できるのかしら」
「たしかにむつかしい。結局は自分しか愛していない」
「でも、私って変ね。抱きあっているときだけは�私、この人のこと、愛してるのかもしれない�って思えるの」
「えっ、本当に」
 すぐには意味がわからない。
「厭あね、こんな話。たいした意味じゃないの。そう思っただけ」
 万里子はスキップを踏みながら崖の突端に出る。
 保村は万里子の言葉を反芻《はんすう》しながらあとを追った。
 万里子の歓喜は確かなものだった。女体は……一人ではあの歓喜を味わうことができない。だから女はそれを与えてくれる男に対して�この人のこと、愛してるのかもしれない�と感ずるのだろうか。だったら、それもまた形を変えたエゴイズムではないのだろうか。
 ——もしかしたら、夫とあまり抱きあっていないのかもしれない——
 万里子は、抱きあうことの確かさを思い出すために保村を旅に誘ったのかもしれない。当たらずとも遠からず。その周辺に正解があるようにも思えた。
 ——それとも——
 もう一つ、保村の脳裏にわだかまっている思案がある。
 
 青海島から宇部空港まで五十キロあまり。山越えの道路だから二時間はかかるだろう。飛行機の時刻にあわせて出発した。
 オレンジ色のガードレール。
「山口県の夏みかんの色にあわせて、この色にしたんですよ」
 と運転手が説明してくれた。
「いい道が走ってるんだね」
「道はよくなりましたね」
 いつのまにか万里子は首を保村に預けたまま眠っている。そっと手を握った。
 車のメーターが二万円を越えた。昨日の分とあわせて四万円あまり。
 ——特別収入があったからなあ——
 いじましい話だが、家族持ちのサラリーマンは遊びの資金にそう恵まれていない。旅の直前に白田武臣氏から送られて来た現金は、文字通り天の恵みだった。タクシー代くらいは充分にまかなえるだろう。
 ——白田さんは鋭い人だったな——
 あの頃、保村は大学生。白田氏は五十歳くらいだったろう。家庭教師として入り込み、それとなく見ていただけなのだが、白田氏はいかにもやり手の営業マンらしい人柄だった。
 とりわけ印象に残ったのは、お金の使い方……。現金主義、そんな思想を心に持った人なのではあるまいか。
 毎月の手当てが現金なのは当然だが、その他のプレゼントも、たとえば年末や夏のちょっとした贈り物、あるいは子どもが首尾よく目的の学校へ入ったときの御礼だのを言うのだが、白田氏の場合はかならず現金だった。靴下やハンカチや図書券などということは、ついぞなかった。そして白田氏は現金を贈ることの非礼さを巧みにわびる。だから受け取りやすい。
 だが、あとになって保村は気づいた。
 ——あれは、みんなあの人の計算だったんだ——
 まったくの話、現金ほどありがたいものはない。靴下よりもハンカチよりも図書券よりもうれしい。だれにとってもそうだろう。保村が学生だったからではなく、それが白田氏のやり方らしい。御礼は現金で……。それを上手に渡すことができれば、それが最高だ。そして白田氏はそのあたりが実にスマートで、さりげない。謝りながらサラリと渡す。そんなやり方が厭味なく身についてしまえば、これは世渡りの有力な武器となるだろう。結婚のお祝いも現金だった。
 ——今度もそうだったし——
 人間の欲望がどのあたりにあるか、さりげない様子で鋭く見ている人だった。サラリーマンとして出世するためには大切なことだ。
 ——俺はどうかな——
 とりあえず万里子の欲望がどのあたりにあるか……。それがまるで見えない。
 ——白田さんなら、どう見るかなあ——
 女性を見るとなると、白田氏もそう長《た》けてはいないかもしれない。
 たしかに、男と女の世界は異次元だ。普段の生活とは、べつな空気が流れ、価値観も異なる。少なくとも男にとってはそうだ。少しくらい騙《だま》されてもいいと思っている。ひとときの、よい夢を見させてくれるならば……。
 ——だったら、今、なにも思いわずらうことはないんだよな——
 万里子の手を握りしめ、指と指のあいだをなぞった。万里子は眼を開け、髪を掻《か》きあげ、
「眠っちゃった」
 と笑う。表情があどけない。
「うん。よく眠っていた」
「もうすぐ?」
「ああ」
 すでに車は山を抜け、町に入っていた。空港もそう遠くはあるまい。旅は終りに近づいている。
 ——なにか忘れている——
 残された時間のうちにやっておくことが……ある。一つか二つ。
 ——でも、なんだろう——
 うまい言葉が浮かばない。
 飛行機に乗り込み、たあいのない会話を交わし、
「なんだか釈然としない」
 保村がこう尋ねたときには、もう着陸が近づいていた。
「そう? そうでしょうね。私の心の中がすっかり見えれば、保村さんも納得するわ。でも、つまらないことよ、全部見えなくてもいいでしょ。見えないからいいの。私にはわかるの、全部見えるから」
 と笑う。
「そりゃそうだ」
「毎日の生活の中でポンと玉が一つ弾けて、それがあっちゃこっちゃにぶつかって、思いがけないところで思いがけない玉がポンと転げ出すの。そういうこと、あるでしょ」
 気分はわからないでもない。
 だが、その一番最初に衝かれた玉はなんなのか。どうぶつかって、最後に�旅へ行く�という玉が転げ出したのか。
「ほんの一カ所だけで触れているような二人って、すてき。あなたは厭?」
「そうでもないけど」
 今後も一カ所だけで触れあう方法はないのだろうか。
 ——白田さんなら巧みにお金を渡すのではあるまいか——
 そんなあざとい思案も浮かぶ。
「本当にありがとう。とてもすてきな旅だったわ」
「本当に?」
「ええ。すっかり散財させてしまって」
「もう会えないのか」
「どうかしら」
 飛行機が動きを止めた。
 
「さようなら」
「さよなら」
 羽田空港の構内バスを降りたところで別れた。万里子はタクシーで蒲田まで行って帰ると言う。保村が「送って行こう」と主張したが、
「ううん、人目があるでしょ」
 小走りに走って、すぐにうしろ姿が人混みの中に消えてしまった。
 ——これっきりか——
 あっけない幕切れ。
 しかし、中身の薄い旅ではなかった。どう終れば満足したのだろうか。保村はモノレールの座席に腰をおろして、ぼんやりと夜の輝きを眼に映した。
 ——彼女の気晴らしに利用されただけなのかなあ——
 それでいいような、それじゃあ困るような……納得できないものがある。旅の費用はすべて保村のまかないだった。当然のような気もするが、
 ——少し変だな——
 とも思う。
 向かいの席で若いカップルが肩を寄せあって笑っている。二人にはこれからどんな夜が待っているのだろう。
 ——このまま終りたくはない——
 時折こっそりと万里子に会うことはできないものか。「あとを引かないでくださいな」という台詞を信じ過ぎてしまったらしい。
 ——万里子の動機はなんだったのか——
 無料《ただ》の気晴らし。保村に頼めば、すべておまかせで楽しい旅をさせてくれると、そんな打算があったからだろう。保村はわからないながらも、いったんはそう結論をくだした。
 だが、それもちがった。
 浜松町駅で定期券を取り出そうとしてボストンバッグをさぐると、見慣れない封筒がある。�ありがとうございました�と、いつ入れたのか短いメモと、旅の費用がさし込んであった。
 少なくとも万里子は、無料の旅を楽しもうとしたわけではない。
 ——よかった——
 銭金の問題ではない。
 
 保村の休暇の取り方は、若い人たちによい印象を与えたらしい。なんの理由も説明せず、
「ちょっと命の洗濯を」
 それだけ言って休んだ。
 そうでなければ休暇の意味がない。それを決行しただけでも意味がある。
 ——万里子のほうだってわからないことがあるはずだ——
 万里子は、なぜ保村が簡単に休暇をとる気になったか、なぜ旅の資金が潤沢《じゆんたく》にあったか、そう、それから六年前、保村がなぜ強引に彼女を誘ったか、その理由を知るまい。職場の事情、白田氏のこと、課長の忠告……。みんな保村の側に属することだ。玉が弾け、思いがけないところでべつな玉が動く。人と人との関係には、いつだってそんなところがある。
 おそらく万里子の側にも、旅をしなくてはならない理由があったにちがいない。保村の知らない生活の場で、なにかしら引き金となるものがあって……。
 万里子は泡立つ海を見つめながら言っていた。
「男と女みたい。知らないところから寄せて来てぶつかって……」
 南の波には北の心がわからない。北の波には南の心がわからない。二人の思惑がぶつかって響灘の飛沫《しぶき》となって崩れた。女体はたしかに白い波のように激しくうねり、騒いでいた。
「保村君」
 突然、課長に声をかけられ、保村の思案が仕事に戻る。
「はい?」
「例のタイ貿易の件、静観しておいたほうがいいね。こっちからは動き出さずに」
「そのつもりです」
 サラリーマンはいつだって心の中に仕事をかかえている。仕事の思案が引き金となって私事も微妙に変る。万里子についても、
 ——しばらくは静観。こっちからは動き出さずに——
 きっとそれがいいのだろう。
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