晴天だった。
朝、駅で電車を待っていて、水平線に島が見えていた。大きいほうの島は、晴れてさえいればよく見えるのだけど、その脇にある小さいのまでわかるのは、年に数回あるくらいだ。
前日までの強い雨が、空気中の微細なほこりなどを洗い流したのだろう。
風はほとんどなかった。さすがに十月ともなると、晴れていても気温はそんなに上がらない。つまりは絶好のコンディション。
さっき、ロッカールームのそばで伊田さんに出会った。
ぼくがちょっと手をあげて合図すると、伊田さんも手を振って笑顔を見せた。ぼくたちは、二回、思いっきり抱き合ったら、なんかとても仲の良い、ふつうの友だちになってしまった。
わざわざ会うことはないけど、よく電話で陸上の話をする。専門は違ってても、共通の話題は多いから、そういうことは山口と話すよりおもしろい。
ぼくが、ずいぶん前に、また寝ませんかって誘ったら、もう、よくなったんだって。なんだかすごくあやしい言い方だけど、結局、伊田さんは、ぼくのからだを試してみたかっただけってことになるのかな。
ぼくが黙ってしまったので、気をつかってくれたのだろうか。電話の向こうの伊田さんは、だからって、気が向いたらまた会ってセックスしないとも限らない、って言ってくれた。
「そうならないことを願うわ」
山口は、ちょっと唇をとがらせる。
「私、自分が嫉妬《しつと》深いの忘れてたの。悔しいから、私も他の男の子と寝ようっと」
ぼくが、
「べつにかまわないよ」
って答えると、
山口は首をかしげて、
「張りあいがないけど、あなたの性格は、まあ、しかたがないっていうべきなんでしょうね」
と、言った。
しかたがない?
そう、人生でかなりのことは「しかたがない」し、「しかたがない」として受け入れるべきなのだろう。
もしかしたら、相原さんは、それが出来なかったのかもしれない。いや、こんなことは単なる思いつきだ。レース前で神経が高ぶっているだけだ。
もうすぐ、決勝。