個室の鏡に向かって、シェービングクリームをつける。二枚刃のカミソリで、ゆっくりと剃《そ》っていく。
俺のヒゲは、ドクターのように濃くはない。毎日剃らなくても、たぶん、そんなには目立たないくらいだと思う。
でもね、入院してて、これといって予定はないんだから、朝起きると必ず剃るようにしてた。一日のうちに、決まったやることがあるのは、安心。
このヒゲ剃りの道具は、ナースが選んで買ってきてくれた。それに、そのときは、まだあまり回復してなかったんだよな。俺がどうやって使うのか思い出せないでいたら、手をとって教えてくれたの。
豪華な部屋で一対一で、ベッドまであるんだから、もっと他のことも指導してくれたんじゃないかって?
あのね、世の中、そんなにうまいこといきません。
実際、ナースがかがみこんだときに、白い制服の背中にブラジャーがくっきりして、俺、ちょっと興奮してさ。
お尻《しり》さわってみたのよ。もう、すごく軽く。そしたら、バシッて平手打ち。
おかしいなあ、あの手紙にはたしか、あなたのために役立ってくれるとか書いてあったはずなのに。こういう役の立ち方は、はいってないのかしらねえ。
それで、俺は、運ばれてきた朝食を食べた。
オレンジジュースにコーヒー、トーストとサラダに目玉焼き。薄いピンクの壁に向かって食べる。
ハミガキを終え、紙袋に身の回りの物を片付けると、完全にすることがなくなってしまった。
ベッドに横になり、待つことにした。バルセロナの叔母さんってのが、やって来るのを。