足もとから見渡す限り、どこまでも町並みが続いていく。ところどころに、俺が今いるところと同じような高いビルがあった。
俺はこの景色を毎日見ていたんだろうか?
焦点をあちこちにしぼってみる。そうすると、左のほうのビルの上に取り付けられた鉄塔に、なんとなく見覚えがあるような気がする。
紅白に塗り分けられた大きなやつは、たしかパラボラアンテナとかいうんだったよな。それが、なんかね、そっと遠くをうかがっているみたいなのが、ちょっと不気味。
眉子叔母さんは、部屋をチェックして回っているようだった。
長い期間、病室にいたせいか、俺は窓からのパノラマから目が離せない。それは見ている間にも微妙に変化する。
雲の流れで光の強さが変わっていくせいなのかな。そうするとね、印象も違ってきて、さっきのパラボラアンテナなんて、一段と大きくなったみたいに見える。
背中から声をかけられた。
「こんないいアパートメントに住んでるとは思わなかったわ。日本の住宅事情は最悪だって聞いてたから、覚悟してたんだけど。立派な暮らしね」
俺には、なんと返事していいのか、わからない。
「いまから、私も早速、ホテルを引き払ってくることにする。ゲスト用のベッドルームもあるから」
眉子叔母さんが出ていってしまうと、見慣れない空間に、俺はひとりでいることになった。
広々としたリビングルーム。そこには生活の匂いがなかった。ベッドルーム。バスルーム。俺が暮らしていた手がかりになるようなものは?
移動しても、記憶に訴えかけてくれるようなものが見つからない。不自然なくらい清潔な、だれも住んでいないようなスペースがひろがっていた。
ソファに座り、頭の後ろに両手を当てて、背にもたれる。
その姿勢のまま、俺は凍りつく。