「じゃあ、乾杯。スペイン語ではサルー。あなたの健康のために。退院なんだから、ぴったりよね」
叔母さんが、ビールのグラスを掲げる。俺も同じく。
「そうか、ホテル棟が横にあって、ここはレジデンシアなわけね。だから、24時間のルームサービスがとれる。それと、これはクリーンサービスか、掃除も頼めるのね」
叔母さんは、一階のロビーで手に入れてきたパンフレットのようなものに見入っている。
「バルセローナのハイスクールは、一応、一年間休学にしてきたの。そのくらいあれば、十分に日本がわかるだろうし、あなたの社会復帰も可能よね。それでも、いったいどんな生活になるのかしらって思ってたけど、予想外に快適になりそう。あ、でも、このお寿司ってすごい値段。『季節の握り、赤出し付』だって。ユーロに換算したら……」
眉子叔母さんは、メニューを見てはしゃいでいる。そうしていたら、初めて十五歳に見える。
結構、かわいいほうなんじゃない?
でもね、それはともかくとして、俺としては病院で叔母さんに会う前から考えてたことがあった。それを、聞いてみることにしたの。
「俺について知ってることを、話してくれないかな。なんでもいいから」
眉子叔母さんは、ピザを持ったまま、顔を上げた。
それはルームサービスではなく、冷凍庫にあったのを叔母さんがオーブントースターで加熱したものだ。
これだって、部屋にはいってから得た、俺についての情報のひとつだ。冷凍庫にピザを常備している。
いや、常備とは限らないか。事故の前にたまたま買ったとか、もらったものなのかもしれない。
じゃあ、なんの役にも立たない情報じゃないの。
「あなたの過去について、伝記的な説明が聞きたいっていうこと? あなたは過去ではなくて未来に生きるべきなのに、そんな物語なんて意味があるのかしら」
叔母さんは、まっすぐに俺を見て話す。
「ジャスト・リメンバー。ただ思い出したほうがよくない? もし、私が嘘を話したら、それを信じるの?」
眉子叔母さんは微笑んだ。
なんだよ、俺のこと、からかってんのかよ。
そして、ピザを口にする。
「たとえば、あなたが世界的に有名な日本のマフィア、えーと、なんて言ったかしら、あの、ヤクザ? その一員で、だからこんな豪華なレジデンシアに住んでいられるって言ったらどお?」
ひと呼吸おいてから、俺は答えた。
「その可能性もあるみたいだぜ。マフィアにしたら、相当下っぱだと思うけど」