部屋にもどると、俺はひとりになる。
でも、奇妙な感覚はあるの。だれであるのかわからない事故以前の過去の俺と、ともかく事故後の記憶は続いているらしい現在の俺とで、ふたりでいるような。
もちろん、それは、あとのほうの俺が感じているんだよな。
この、なんていうかな、違和感みたいなものを、俺は一生持ち続けるのか。それとも、だんだんと過去の俺の占める割合が小さくなって、気にならなくなってくのか。
まあ、どっちにせよ、時間の問題、例のね。そのうち、わかることだ。
着替えようとして、俺は別の種類の違和感を感じた。服を脱いだときに、変な感触があったの。
上着が分厚いみたいな。調べると、胸の内ポケットに封筒があった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
高橋進様
退院おめでとう。
これであなたはあの病院から自由になれたのだから、実際に、とてもめでたいことなの。
前にもお伝えしたように、あなたの主治医であるドクターは、基本的にあなたに敵対する勢力なのです。
だから、あなたが私の手紙についてドクターに報告したというのを聞いて、驚きました。軽率な行動は慎んでください。
彼らは、抹殺しようとしているのです。人類の未来にとって欠かすことのできないあなたが持つ才能を。そして、あなたが存在していたという過去の事実をも。
近い将来、エル・サルバドール、すなわち救世主に、メシアとなるべくして生まれた立場を自覚して行動してください。私と私たちの研究所は、あなたの動向のひとつひとつをすべて把握しているのですよ。
眉子叔母さんは信頼していいわ。完全に復帰できる状態になるまでは、生活の面倒は彼女に見てもらったらいい。
でも、彼女にも手紙が届いたことは内密にしてください。
いい? あなたにとって大切な、あなたの過去を教えてあげられるのは、この世の中で私だけなのです。
それを忘れないで。
Kより
俺は、三回、読み返した。
これは、明らかに第二の手紙だ。ひとつ目の手紙、そして、それに対する俺の反応をふまえている。
ということは、第一の手紙が実在したという証明にもなるだろう。
でもさあ、とりあえずの問題は、どうやって封筒を俺の上着に入れたのかってこと。電車の中とか、病院で擦れ違いざまに?
それだったら、今日、出会ったひったくりの逆で、難しそうだよね。
ホテルで服を脱いだときが、いちばん簡単。
だけど、元の恋人だっていう女との出会いは、どう考えても偶然のものだった。手紙を用意するなんてことは、あり得ない。
この手紙の内容って、狂ってるに違いないけど、俺が「私たちの研究所」にある程度監視されてるのは確かみたいね。
しっかし、なんなんだ?
俺が、近い将来、エル・サルバドールになる?