「しっ」
俺が声を上げそうになったのを、男が押しとどめた。
「私ですよ、わーたーし。まず、退院おめでとうと言うべきですね。中国では挨拶《あいさつ》をニッポンより大事にします」
そうか。あいつか。
「驚かないでください、高橋さん。マフィアはどこからだって現われるって、サリナが言ってたでしょう」
これで、眉子叔母さんの努力は無駄になった。
サリナが来た次の日、叔母さんは業者に連絡してアパートメントのドアの錠を交換させたの。合鍵《あいかぎ》を使ったって考えたから。
「久し振りですね」
店長は、ひとなつっこく笑う。
突然、出現してくれて、驚いたけど少し嬉《うれ》しい気持ちがないわけではなかった。だって、気になってたんだもの、こいつのこと。
店長は、下半身は俺のベッドのふとんの中なの。まぬけな感じ。
「悪いとは思いましたが、外出中にガサイレさせてもらいました。立派なとこに住んでたんですね、高橋さん。なんでバイトしてたんですか?」
それを聞かれても。
この件で、また、ディスカッションするのもねえ。
店長はふとんから脚を出して、膝《ひざ》をかかえて体育座り。変なかっこ。
「残念ながら見つかりませんでした、アレは。それにしても、持っているものがずいぶん少ないんですね。家探しには楽でしたが」
そうなんだ。アパートメントは妙に整理されている気が、俺もしていた。
誰かの手によって処分された感じ。過去を教えてくれる品物があまりにないのだ。
「アレに関しては、私も苦労してます」
店長の声は、とっても、沈んでいる。本当に困ってるみたいね。
「私ひとりでは、片がつきそうにありません。たいへんな事態です」
下、向いてんの。
泣き出すんじゃないかって、俺、思った。
「お願いです、高橋さん。私と一緒に、いまから出かけてくれませんか」
思わずうなずいちゃったね。
店長って、そんな悪いやつには見えないし、こんなに悲しそうだと同情しちゃう。なんにせよ、ここまで頼まれたらねえ。
「ありがとうございます。あるところに出席してもらいたいんです。といっても、仕事で『社会参加』するような立派な話ではありません」
あきれたね。
マフィアっていうのは、どうなってんのよ? 朝の俺たちの会話を把握してる。
これ聞いたら、眉子叔母さんは、今度は盗聴機さがそうとするだろうね。