「何か専門に運動をされてるんですか?」
「あ、ええ。陸上競技をちょっと」
「そうなんですか。どうりで。立派な体格をされてますものねえ」
受付のお姉さん、感じいいの。
ちょっと高い透き通った声が、上品なのよね。サリナとは、また、全然、違ったタイプで、なんていうか、さわやか。
世の中には、こういう女のひともいるんだから、俺、交通事故で死なないでよかった。記憶はなくなっちゃったけど。
公園のベンチから立ち上がった眉子叔母さんは、向かいのビルにはいっていった。
ちょっとタメをつくって、よくわかんないんで、ええーいとばかり、俺も自動ドアを通った。すると、まずいことに、叔母さんの姿はどこにもない。
俺がキョロキョロしてたら、
「見学の方《かた》ですか?」
フロントのカウンターから、女のひとが話しかけてくれたの。困ってる俺を元気づけようとしてくれているみたいな、やさしい声。
この建物は、スポーツジムだった。
で、パンフレットを広げて、設備や会費のシステムだとかを説明してくれた。俺は、お姉さんの髪の分け目だとか、襟もとで結ばれたリボンだとか見てるだけで、ほとんど、うわのそらだったんだけど。
それで、スポーツ経験を質問されたの。実際のところ、自信もって陸上してるとは、とても言えない。勢いで、ついそう答えちゃった。
「でしたら、マシンで補強のための筋力トレーニングをされたいとか? それとも、スイムが目的で?」
「あ、うーん。気分転換に、いろいろしてみたくて」
本当の目的はね、叔母さんの尾行です。
銀行員みたいな制服を着たお姉さんは、にっこり微笑んでくれた。
「そうですよね、エクササイズにはバリエーションがあったほうが、障害を起こすことも少ないですし。今から、施設を見学なさいますか? ご案内しますわ」
と、いうことで、館内を歩き回ることになってしまった。
これって、いいのか悪いのか。叔母さんをさがすことはできるんだけど、逆に見つけられてしまうとねえ。
まずはパウダールーム。
お姉さんは、ドアに手をかけて、俺にどうぞって勧める。シャワーにロッカーがあって、着替えたりするところだった。ここは、もちろん、男だけ。眉子叔母さんがいるはずないから、見るふり。
次に連れていかれた部屋では、器械の動く帯の上を走ってるひとたちがいた。横では動かない自転車こいでる。
なんか、変だね。
これなら、外のトラックを走ったほうがいいなって考えたら、コーチのこと思い出しちゃった。
次に、ずらっとマシンが並んだところ。叔母さんに見られないかって、歩いててもヒヤヒヤよ。
でも、この部屋には、あんまりひとはいなかった。
「アメリカ製の最新のマシンです、これは。当ジムが日本で初めて導入したもので、設置されたばかりなんですが、試しにやってみます?」
「はあ」
お姉さんが熱心に説明してくれるんで、ベンチのようなところにすわることになった。両手でバーをつかんで引っ張るようにする。
「あっ、すごい」
お姉さんが、言った。
「え?」
さっきまでの、俺のことお客様あつかいしてた口調が、変わっちゃった。
俺、バーを、また、引っ張った。
えい、えいって、数回ね。
「そんな、軽くやって……、初めてなのに……」
お姉さんたら、絶句。
入会させたくて、大袈裟《おおげさ》なこと言ってるんだろうって思ったら、そうでもないみたいね。目をまーるく開いてる。
いきなり寄ってきて、バーを放した俺の右腕、二の腕に触れた。
「立派な筋肉ね。私、筋肉フェチなの。特に、ひらめ筋」
それって、どこの筋肉? お姉さんの視線は、こころなしか、俺の股間《こかん》に向かってる気がする。
なんか、興奮してるみたいで、目が潤んできちゃってる。清純派じゃなかったのかしら。
俺、今日は、大切な任務があるんだけど。