郊外へと向かう電車に乗った。
今朝、眉子|叔母《おば》さんは、いつもと同じ。何もなかったかのように、振る舞ってくれていたのだろうか、努力して。
それとも、スペインでなら、あのくらいは挨拶《あいさつ》がわりとかで、どうってことないのか。
そんなことは、ないわねえ。
あのあと、俺、夕飯食えなくなって、部屋にひきこもっちゃったもん。態度がおかしいって、わかる。
それでね、叔母さんがふつうにしてるんで、俺は、かえって説明ができなくなってしまったの。ベッドの中で、いろいろ考えてから起きたんだけど。
何についての説明かっていうと、その、前の日にKSI(いったい、ケンさん、何をしてるんだ?)とかいう団体につかまったってこと。たぶん、そこで催眠術らしきものをかけられたんで、あんなこと(どんなこと?)をしそうになった。
いつもの朝のように、叔母さんは笑顔でコーヒーをいれてくれた。当たり障りのない会話。
いちばん心配していた頭の中の声は、その後、再び聞こえてくることはなかった。
でもね、変。
叔母さんのことが、まぶしくって、見ていられない。パン食ってても、なんか、胸がドキドキしちゃう。なんなんだろね、声はしないんだから、たぶん催眠術は解けてるはずなのに。
それだけじゃなくてね、そばにいなくてもさ、同じアパートメントの中に眉子叔母さんがいるってわかってるだけで、意識しちゃう。
落ち着かないの。まったく、中学生の女の子じゃないんだぜ、俺は。
結局、KSIにつかまって、俺の脳は、また、いかれちゃったのかね。
それで診察を受けに行くことにしたの。
ドクターは、一応、脳の専門家なんだろうから、催眠術のことだって、少しは知ってるはずだ。まあ、叔母さんが言うように、あまり、あてにならないやつではあるんだけど。
昨日とは全然違って、やな天気。
朝から小雨が降り続いてた。ふつうなら、そうは外出したい気分の日じゃない。
でも、俺が出かけることを、眉子叔母さんはおかしいとは思わないみたいだった。
「あなたがどんどんひとりで行動できるようになるのって、成長よね。またマフィアに拘束されて、危険な目にあってほしくはないけれど」
それは、絶対、だいじょうぶです。今度の相手は、マフィアじゃなくって、KSIですから。
エレベーターに乗ってから、「成長」ってのは間違ってるって気づいた。こどもじゃないんだ。俺の場合は、「回復」って言ってほしい。
もうひとつ、気づいたのは、眉子叔母さんのほうでも、俺が外出するんでほっとしたんだろうってこと。やっぱ、昨日の夜があるもんなあ。
電車の二十分はあっというまに過ぎて、目的の駅に着いた。昨日、タクシーで乗り付けた、あの駅ね。