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NR(ノーリターン)55

时间: 2018-09-30    进入日语论坛
核心提示:54「なに、催眠術だと? これはまあ、なんてことを言い出す。君は、催眠術をかけられるようになりたいのか? だったら、その指
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「なに、催眠術だと? これはまあ、なんてことを言い出す。君は、催眠術をかけられるようになりたいのか? だったら、その指導は、私にはできない。なに、違う? 早く言いたまえ。
「一般論として、催眠について知りたいのか? 催眠の歴史は古いぞ。催眠たって、眠っているわけではない。一種のトランス状態にあるのだ。
「宗教的儀式、秘儀だとか奥義だとかの多くは、このトランス状態に持ち込むことがポイントだ。薬物を用いる場合もあるし、護摩《ごま》をたくなんてのも、それに至る手段だ。
「自己催眠によるのが、禅やメディテーション。無我の境地とかいうのは、その仲間だな。そう、すべての宗教は、そんなもんだ。
「いや、私は宗教を否定してないぞ。科学が万能などと思ったこともない。ふん、そんな思い上がりは、私にはない。
「いまの日本の政治だって、人民が話し合って衆愚に陥るよりは、トランス状態になった巫女《みこ》のご託宣のほうが、結果として、よほどうまくいくやもしれぬ。ハッハ。これは、いい。ハッハ。
「なに、君が聞きたいのは、そんなことじゃない? じゃあ、なんなんだ。はっきりしたまえ。え? なんだって?
「知らないやつに催眠術をかけられたみたいだって? ハッハ、ハッハ。なんと馬鹿げたことを。マジックショーでも見たのか? それとも、テレビの深夜のバラエティか?
「知っとるぞ。あなたは術にかかりました、手をたたくと目が覚めお風呂にはいります、とか言って女優を脱がす。トリックは馬鹿げてるが、あの手の番組は楽しいな。
「違うって? え? おや、なんてこった。ハッハ。いいか、断言するぞ。そんなことはあり得ん。施術者と被施術者のあいだで信頼関係がない限り、催眠は成立せん。催眠による心理療法は、慎重な手続きのもとに行われるんだ。
「初めて会った知らない通りすがりの男に(女にか?)催眠術をかけられる。ふん。おまえは、アニメファンか。愚か者が。大昔の推理小説でも読んだのか?
「音楽を聞かされて、言葉を繰り返されたって? そんなもんは、催眠じゃない。ご立派な名前をつけようとしたとしても、マインドコントロールがせいぜいのところだ。
「しかしな、マインドコントロールというのなら、この世のすべては、マインドコントロールでできている。これは真実だ。
「たとえば、テレビのコマーシャルを考えてみろ。海辺でビールをうまそうに飲んでる若者が映るとするな。そうすると、私は、その時点でしていることのすべてを放り出して、ビールが飲みたくなる。つまり、マインドコントロールだ。
「外国タバコのコマーシャルを思い出せ。タバコを吸っている男は、セクシー美女軍団にモテモテだろう。うん? なんだ、その顔は。最近は、モテモテとか、あまり言わんのか?
「ともかくだな、タバコに火をつけた男のところには、プールから上がったばかりの、水をしたたらせたビキニのセクシー女がやってくる。そして、白いシャツを着た男の首に、濡《ぬ》れた腕をからみつかせる。そのように、決まってるんだ。
「するとテレビを見ている男たちは、自分もそのタバコを吸いさえすれば、あの美女が手にはいるって感じる。たちまち売上げ倍増。お見事なマインドコントロールだろうが。これを催眠術だって言い張るなら、おまえの勝手だ。
「単純すぎるって? ばかか、おまえは。いま言った事は、心理学の世界では常識だ。コマーシャルの作り手は、意識的にやっていることなんだぞ。
「テレビに限らん。すべてのメディア、映画も本も雑誌も、日々流される音楽も、電柱に張られた風俗産業の広告も、マインドコントロール。我々はマインドコントロールの世界に生きている。
「医療だって、ひとつのメディアと言えないこともない。私は、毎日、臨床の現場で、マインドコントロールを実践しているんだ。おまえに対して、いま、やってるみたいにな、ハッハ。
「いいか、結論を言うぞ。おまえが催眠術をかけられたなどという自覚があるようなら、それは、その言葉の厳密な意味での催眠ではない。
「おまえの話だけでは判断はできかねるが、そう呼ぼうと思えば呼べるような、一種のマインドコントロールに出会ったのかもしれぬ。
「ところがだな、これまで説明したように、我々は常に、二十四時間、三百六十五日、マインドコントロールの海に浸って生きている。その結果として、他者からコントロールされて生じた事柄と、自分が心の底から願っている事との区別は、もはや本質的にはつかんのだ。
「これは、誰にあっても、そうなのだ。大人もこどもも、男も女も、天皇だって、ホームレスだって。なんてくだらない、恐るべき真実。
「メディアという神が創出したマインドコントロールの海を漂流する、我々、現代人の宿命だ。もはや、本能に従って生きるすべを失ってしまった我々の。
「ところで、なぜ君は、催眠術をかけられたなどと感じたんだ? そこには、どんな出来事があったんだ? さあ、話してみたまえ。さあ。
「そして、マインドコントロールをされたらしい君は、どんな行動をとろうとしたんだ? もちろん、その行動こそが、かねてから君が強く願っていた、本当にしたいことだったのかもしれないのだがね。言いなさい、それを。
「君は、何をしたんだ? ほら、言わんか」
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