雨は上がっていた。
それだけでも、よしとしなくちゃ。
病院の出入口から門までは、結構、距離がある。
今日、診察を受けに来たとき、いまたどっているのと逆に歩いていて、病院の建物が意外に古びている気がした。天気が悪かったせいもあるのかもしれないけど。
俺は、前のように病院に親しみを感じることはなくなっていた。事故のあと、ここで、ひと月以上の時間を過ごしていたなんてね。
ドクターは、「マインドコントロール」について、しつこく聞いたけれど、俺は、答えなかった。絶対、眉子叔母さんに襲いかかりそうになったなんて、口にしたくない。
病院の門を出て、コンクリートの塀に沿って歩き出したときだった。
肩をたたかれた。
「ずいぶんと久し振りね」
誰なんだ?
かなり派手な服の女。
こうやって、記憶をなくす前の知り合いが現われてしまう。そして、「説明」をしなければならない。交通事故にあったらしい、それまでのことは覚えていない、と。
うっとうしいぜ。記憶喪失には、うんざりだ。
女は、首をかしげた。
「事故からそんなに時間がたっていなかったから、あなたの新しい記憶の生成がうまくいってなかったのかしら? あのときは、バッグを取り返してくれて、助かったわ」
それで、わかった。
ひったくり事件のときの女だ。前に俺と付き合ってたって言ってた。それで飯食っても思い出せなくて、寝てみたらわかるんじゃないかって言われて……、結局、記憶がよみがえることはなかった相手。
あらためて見ると、結構な年齢のようだった。それと、なんというのか、派手なピンク系の色の服がすごい。
俺、ホントにこのひとと寝たのか?
未来への記憶が、やばくなってるよな。
女は名刺を差し出した。
受け取ると、大きな文字のロゴ・マークのようなものが、目に飛び込んできた。
(挿絵省略)