クラブチーム内では、MSUの信者が急に増えてきているんだって。それも、女性が多いらしい。
MSUにはいった選手は、精神面が安定して練習に熱心になる。だから、初めは単純に良いことかもしれないと考えていた、とコーチは説明してくれた。
彼らは、ポジティブになる。前向きで、明るくて、試合やトレーニングでの結果が悪くても、落ち込んだり悩んだりしなくなる。(本来、悩むのが青春だろう、とコーチは俺に同意を求めた)
ところが、MSUに関わる選手たちが、みんな同じことを言うのが気になり出したという。
たとえば、常に「真剣に願うことは、すべてかなう」と口にする。
それで、
「日本記録もか?」
「ええ」
「じゃあ、オリンピック出場とかもか?」
「はい」
と平然と、しかもうつろな目つきで、だれもが返事する。
で、あきれてしまって、
「世界記録も達成できるのか?」
と聞くと、
「できます。願うことが大切なんです」
と返事する。
コーチは、一種のマインドコントロールだと感じたという。(出ました、「マインドコントロール」。この世界のすべては、マインドコントロール)
「いいか、高橋」
とコーチは言った。
「どんな種目であれ、スポーツは、ファンタジスタの世界なんだ。決められたことをただこなすんじゃない。ひとりひとりの創意工夫が美しいんだ。背面跳びを考えてみろ。バーに向かって背中を向けようなんて最初に考えたやつは天才だ」
再びの熱弁を、コーチはスタンドで奮う。
「それなのにMSUは、個性を押しつぶして、アスリートを人形にしてしまうんだ。俺たちは、競技者の心を支配するMSUと闘わねばならない。素晴らしい、このスポーツの世界を守るために。これはジハードだ。聖戦だ。高橋、君も、その戦列に加わってくれるよな」
そんなこと、いきなり誘われたって。
「他にも、マインドコントロールの証拠はある。あいつらは、本当に気持ちが悪いぞ、みんなで、毎日のように、同じことを言う。『過去は捨てろ、未来に生きろ』とかな」
俺の心に、嫌あな感じがわきあがってきた。
コーチが口にしたスローガンのようなものは、ジャスト・リメンバーと言ったあとの眉子叔母さんのセリフと、似ていないわけでもなかった。
コーチは、俺の肩に手をかけると、言った。
「ぼくは、KSIってところにはいろうかと思ってる。MSUに対抗する、いちばん強い組織らしいんだ。KSIって、君は知ってるかな?」
飛び降りるとこだったぜ、スタンドからグラウンドに。
当然、知ってますよ、少しだけだけど。
俺は、そのKSIに拉致《らち》された立場なんだから。
「KSI、つまり、キタジマ・サブロウ・インターナショナルだ」
え?