一
その朝の姫路の変を御着の城にあった官兵衛は起きぬけにすでに知った。
望楼《やぐら》の上に終夜立っている見張の者が、あわただしく駆け降りて来て、
「姫路の空に、ただ事ならぬ煙が見えますが」
と報じて来たのは、まだそこからの早馬が暁の城門を叩かない前であった。
「よしっ。なお見張を忘るな。異状が見えたら刻々に告げて来い」
具足櫃《ぐそくびつ》を開けて、親譲りの紺糸縅《こんいとおど》しの一番を着込むのと、侍部屋の方へ向って股肱《ここう》の面々を呼び立てるのを彼は同時に行っていた。
「母里太兵衛《もりたへえ》、おるかっ。栗山善助、井上九郎もあるか——後藤右衛門も来い。宮田、長田、三原、喜多村などその座に居合わせねばすぐ呼び集めて、広縁へみな来い」
次々に答えて起つ。また駆け分れてゆく。瞬時にして広縁には、彼が手飼《てがい》の屈強ばかり十三、四名集まった。
「来たぞ遂に」
いつもの朝と変らない顔をにこにこそこへ見せて、官兵衛は鎧の脇緒《わきお》を結びながら、
「いま参った姫路の父宗円からの早打ちによれば、毛利勢は約二千から三千ほどの人数とある。小ざかしくも海面から未明に上陸して、敵は奇襲を敢行《かんこう》して来たものだ。ただし姫路の町は敵の放火をうけておるが、姫山の曲輪《くるわ》は、小なりといえびくともせぬ、必ず案じるなかれと、書面での父のことば。——平素はさすがにお年を老《と》られたかに思うていたが、さすがにかかる折には、依然として官兵衛以上の太胆《ふときも》であらっしゃる」
愉快そうに一笑を放ってから、偖《さて》とばかり郎党のひとりひとりへ、迅速に且《か》つ明快な指揮をさずけてから、自分はすぐ身を翻《ひるがえ》して、主人小寺政職《まさもと》の居室《きよしつ》へ駆けて行った。