二
政職の周囲には、一族の小川三河守、宿老の蔵光正利、益田孫右衛門そのほか平素から官兵衛と相容れない一派の面々が、すでに詰め合っていたばかりでなく、政職以下の者までことごとく武装していたには官兵衛も意外な面持《おももち》をして、
(この急変を、どうしてこの人々が自分より早く知ったか?)
が、当然疑われたが、彼の眼を見た政職の眼には、その解答ともいえる困惑《こんわく》と自己苛責《かしやく》の容子が明らかに現われていたことは官兵衛にとって見遁《みのが》し得ない示唆《しさ》だった。
(直感は外《はず》れていない——)
官兵衛は自己の意志を信じたので、直ちにここでも、思うがまま命令を下した。
「益田孫右衛門、村井河内、江田善兵衛。各はすぐ手勢をひいて、姫路の急援《きゆうえん》にお急ぎあれ。蔵光正利は老人なれば、奥曲輪《おくぐるわ》をお守りあるがよい。陶義近《すえよしちか》どのは、城外へ出て、姫路口と連絡にお当りあれ——。その他はすべて官兵衛の手の者に申しつけ、すでにそれぞれ部署《ぶしよ》へつけ申した。怠りあるな。すぐ急がれい」
すると陶義近が、憤然と命《めい》を拒《こば》んだ。
「何をいうかご家老。われわれ宿将たちが、散々《ちりぢり》に主君のお側を離れてよいものか、われらは城門と君側を固く守る。姫路の急援には他の人があろう」
「ありません」
「何じゃと」
「官兵衛こそは、寸時たりともお側を離れることはできない。御着全城の兵といっても、千に足らぬご人数、この官兵衛の指揮する者を除いては、尊公たちを将とし、物頭どもを副将として、お差向けある以外、城中どこに軍がありましょうか」
「なぜ、お汝《こと》自身、陣頭にお立ちあらぬか。姫路もお汝の父宗円どのが城代として守りおる所。このご城中にも、お汝父子の息がかかっておる部下も多い」
これは一族の小川三河守ででもなければいえないことばだった。しかし、官兵衛は、何の威圧《いあつ》も感じないような面《おもて》で、それへもこう答えた。
「事は急です。城門の守備は、すでに手の者が配置につき、このご本丸もことごとく官兵衛の一存で、要所要所守らせました。それがしの命はすなわち主命。主命はまた織田殿の軍令も同じである。誰にもあれ、反《そむ》く者は、この一戦の終るまで、獄へ下して取籠《とりこ》めておくしかない。敢て、今日の合戦に、軍律を紊《みだ》す者は誰と誰か。お名乗りなさいっ。断乎《だんこ》、処決する」
みな黙った。
しかし戦いは、城の外よりも、或いは、ここにあるかともいえる程、けわしいものが、官兵衛をとり巻いたままだった。
隙もあらば——と見える周囲のそれを感じているのかどうか。官兵衛は厳《げん》としていい渡すと、更に一歩迫って、政職の前へすすみ、
「お櫓下の広庭に、お床几をすえ、陣幕《とばり》も張り繞《めぐ》らしておきました。お旗本の、万端の固めもできています。はやそこなるご床几場へ御座をお移りあそばすように」
と、すすめた。——いや手を取って寄り添い、左右の鋭い眸の中を通って、庭へ出てしまったのである。