鬼小島弥太郎も、本姓は小島、名は弥太郎一忠《かずただ》に過ぎないので、鬼だけは、あとから名《つ》いたものである。
越後国上郷《かみのごう》の生れで、牛飼いの子だという。彼の十五、六歳のとき、狩猟《か り》か何かの出先から謙信が、その異形《いぎよう》を見て連れかえり、宇佐美駿河守の組へ、
「養ってみろ」
と、預けておいたものだった。
「弥太は、鬼の子か」
と、そのころからよく大人達からからかわれたものである。強力《ごうりき》だったし、赤毛だし、疱瘡《ほうそう》のあとが面《おもて》を埋めていたためでもあろうが、越後国上郷は、むかし大江山の酒顛《しゆてん》童子が海から上陸《あ が》って来たところだという伝説があるので——それと彼とがむすびつけられたものらしい。
しかし、一人前になって来ると、かえって、その名がおかしくなくなって来た。おそろしい大酒家になった。雪国なので総じて、越後衆はよく飲むが、彼のは底ぬけといってよい。一夜六升、一日一斗などという記録をもっていた。しかも自慢にしている風さえある。
武を磨き、男を磨く、越後家中のあいだには、飲食についても、鉄則があった。心得として藩令に出ている箇条のひとつに。
一 大酒のむべからず、たとへ酔《ゑ》はずとも傍目より見て危ふし。且つは五臓の患ひとなる。
一 大食は、卑劣の至りなり。小我の快楽《けらく》に過ぎず。家来朋友と程々に楽しむを以つて最なるものとし、独味飽慾《どくみはうよく》はいやしむべし。
一 総じて、飲食の事、能々《よくよく》つゝしむべき也。もし病《や》まば一朝の戦陣に恥あり。もし命を落さば、忠孝二道にそむく。世々までのものわらひ、家門の名折れ、合戦の場において功なきにも劣る。
これは藩士一般への上杉家家訓の一節にすぎないが、謙信はなお、帷幕《いばく》の上将の名を連らねて、
不識庵《ふしきあん》家中日用修身巻
という一種の「武士道訓」を藩の子弟たちへ示していた。
一生の務《つとめ》、今日の事
という初めには、
一 暁起、手水《てうづ》仕るべきこと。
神祖、仏拝の礼、勿論のこと。
一 やしき一巡見廻り、男は、髪を早く結ぶが第一也。食事調菜、二種を過ぐべからず。
一 厩《うまや》は毎日、用なくとも、見まはり欠かざること。
一 わが家にあるは、みなわが子と思へ。慈悲、仁心、刀に打粉《うちこ》いたすが如くせよ。
一 夜は、わが愛子たりとも、わが側に寝かすな。床衾《しやうきん》奉公人はあたゝかに、わが子は寒きにおけ。
——というような日常衣食住の細目から公職、交友、音信、遊楽のことまでわたっているが、とりわけ武士としての修身修養には、謙信の方針としてこう訓《おし》えている。
一 家職のほか、ひまあらば、学文心がけべきこと。
一 詩歌は、公家の職なりといへ、武人たる者、少しは心ありてよし。無きには優る。
一 君言と臣職とは、風と草木のごとし、之を守るに鉄石なるを、実忠の臣とはいふ。
一 諸民に対し、一言一句も、争ひ論ずるなかれ、わが知ることを、人の語るもおもしろきもの也。わが知らざることを、人の語るに聞くは、事を知るの道なり。
古諺《こげん》に曰《い》ふ。
杉はすぐ、松は曲りて、おもしろや。おのれおのれの、こころに。
一 「淋《さび》し」といふこと思ふべからず。見ぬ世の人を友とするも得。淋しと思はゞ家職の文《ふみ》を開け。千万の多事急務、その内にあり。
箇条はなお多いが、部分的にこういう一斑《いつぱん》を見ただけでも、謙信がいかに日頃から士の養成に細心な気くばりを傾注しているか——またそれを鉄則としている全家中が黙々と有事の日に備えて自分を鍛え合っているか——想像以上なものがそこにはあった。
けれど、そういう鉄則や組織はあっても、それに血も通わないような形態だけのものを持って誇っている君臣ではなかった。以上のような鉄則にも人間の血が脈搏《みやくう》っていたし、藩という組織もまた、人間と人間、たましいとたましいを以て結ばれていた。——だからたとえ鬼小島弥太郎のような習性でも、しばらくその中に棲息をゆるされ、また一人前になるまでは、
「困り者」
の代名詞となるほどでも、朋友から上役まで、
「いつか、何かのときには、お役に立とう」
と、その短《たん》を扶《たす》け合っていてくれるという風だったのである。
しかし、鬼小島弥太郎の場合だけは、そういう周囲もすこし愛想《あいそ》を尽かし気味であった。妻を持たせても、どうしてみても、大酒がやまない。
のみならず、しばしば謙信の明示している士道の訓誡《くんかい》も踏み外してしまう。
ひどい事があった。
冬。あの越後らしい大雪の夜だった。
春日山城のお濠と、大手との道角に、この附近の二之木戸三之木戸などを守っている番士衆の溜りがあった。御番方《ごばんがた》屋敷と町の者はよんでいる。そこの雪と雪のあいだから灯《あか》りが洩れていた。
「おいっ、開けろ開けろ」
と、たれかそこを烈しく叩いている者がある。
中では、非番が十人以上、車座になって飲んでいた。一升持寄りというような事をよくやるそんな晩らしいのである。
「開けるな。鬼小島の声だ」
「あれに舞い込まれては堪るものではない。みんな飲まれてしまうだろう」
「ひどい雪風の音だ。聞えない振りしておれ。そのうちに行ってしまおう」
中では、それも一興にして、返辞もせず、炉《ろ》の火燗《ひがん》を、出したり入れたりしていたが、外の弥太郎は、帰ればこそである。
「おおウい。凍えてしまう。開けてくれい。——やいっ、開けないか。知らん振りをしていてもだめだぞ。弥太郎の鼻だ。前を通ったらぷーんと薫《にお》って来たではないか。この雪道、どうして素通りできる。……意地悪をするなよ。こらっ。こらッ」
家の中で、くすくすと、笑い声がしている。弥太郎はいよいよ烈しく叩いて、
「ばかだなあ、貴様たちは。せっかくおれが、酒のさかなにと、よい土産をさげて来たのにこれを無駄にするのか——折角のこれを」
ほんとらしくいったので、その土産のさかなに釣りこまれたのか、根まけしたのか、とうとう中の者も、そこを開けて弥太郎を車座に迎えてしまった。
弥太郎は痛飲した。手ぶらで来て、そこの五人分も飲んで、炉のそばへ、横になると、やがて高鼾《たかいびき》である。
「怪しからんやつだ」
と、彼のために、甚だしく淋れた座を見まわして、一人がぼやいた。
「癖になる」
目交ぜして、頷きあうと、無理に弥太郎をゆり起した。そして、武士が虚言を吐くとは怪しからんと責めた。
「さかなを出せ。おい、土産はどうしたか」
一同して、責め立てると、
「さかなか」
と、弥太郎は、けろりとして、
「ここには無い」
「では、嘘か。謝れ。両手をついて、虚言を謝れ。さもなくば、腹でも切れ」
「ここに無いだけのことだ。何も切腹には及ばん」
「じゃあ、持って来い、すぐに」
「持って来てもよろしい。しかし——貴様たちこそ、言語道断だ」
「なにが言語道断だ」
「おれが酔うほどの酒もここにはありはしない。おれの携えて来るさかなとは、そんな安価なものじゃない。もっと酒を調達して来い。そうしたら持って来てやる」
「調達せんでも、酒などはまだいくらもある。汝がさかなを出さぬから控えていたのだ」
「なに、まだあるのか」
「さかなを出せ、さもなければ、両手をついて一同に謝れ」
「何の……ばかなっ。いま持って来る」
起ち上がると、ふらふら、雪の中へ出て行った。そしてまもなく、
「さあ、持って来たぞ。どうだこの肴《さかな》は、天下の珍味、食ったことがあるか」
と、何やら手にぶらさげて来た物を、部屋の入口からさしあげて見せた。
「あっ……?」
そこにいた者はひと目見ると、悉《ことごと》く、酔をさましてしまった。