三
気さくな叔父に、ひっ張りだされて、庄次郎は、しぶしぶ、蚊帳の中から出てきた。腫《は》れぼったい顔を洗って、父の書院へゆくと、
「どうだ、起きてしまえば、気分が快《よ》かろう」
「はい」
「今、二人して、相談していたところだが、何しろ、めでたい。祖父新十郎の才分が、そちの血に伝わったのじゃ。今日にも、藩邸へ出仕いたしたならば、君侯よりも、ご嘉賞《かしよう》のおことばが下がろう。追ッつけ、其方《そ ち》にも、お役付き仰せつけられるに相違ない。——土肥家の大祝事《だいしゆうじ》じゃ、よう、いたした」
やかましやの父半蔵が、これほど、欣《よろこ》んでくれたり、賞《ほ》めちぎってくれたことは、臍《へそ》の緒《お》きって、初めてだった。
鉄之丞も、ともども、
「それでな、庄次郎」
「はい」
庄次郎は、いっこうに感激のない顔を、ぼやっと向けていた。
「これやあ一つ、無沙汰《ぶさた》の親類どもや、同僚どもを、一夕《いつせき》招《よ》んで、祝いをせにゃなるまいとわしは思う。なあ、半蔵殿」
「む。……よかろう」
そのことばが、急に耳へ飛びこんだように、庄次郎は慌《あわ》てて、
「え、祝宴を。……それは……それはまだ」
「謙遜《けんそん》いたすな。——それとも、物費《ものい》りと思うて、親父への、気がねか」
半蔵は、親の一分《いちぶん》が立たないように、冗談へ、むきになった。
「ばかを云わッしゃい。わしの平常《ふだん》の倹約は、こういう場合に費《つか》うためじゃ。奢《おご》らいでか。ぜひ、縁者どもをよんで、庄次郎が免許皆伝の披露《ひろう》をしよう。日は、いつにするの」
「はやいがよい」
「では、明日にも」
大乗り気である。