二
女だらけな家である。
彼の坐っている隣りの部屋にも、一人の女が、鳴海《なるみ》しぼりに、小柳の引っかけ帯で、白い足の指を、伸び伸びとだして、竹婦人《かごまくら》をかかえて、昼寝していた。
顔は——わからない。
水《みず》団扇《うちわ》をのせて、寝顔をかくしているからだった。昼寝の前に、洗った髪を、乾《かわ》かしているのであろう、わざとのように、ばさっと、畳へ黒髪を投げだしている。
「お待たせいたしまして」
娘は気がついたように間の簀戸《すど》を閉めたが、簀戸越しに見える寝姿の方が、むしろ、なまめいて庄次郎は気になった。
「お煙草は、召《あ》がりません?」
「は」
「粗葉《そは》でございますが」
「おかまい下さるな」
雛妓《おしやく》たちが、隅《すみ》でクスリと笑った。庄次郎は間《ま》が悪《わる》そうに顔を横にした。すると簀戸越しに見える水団扇の蔭《かげ》から、眼が——女の眼が——じいっと、やはり、自分を見ているのだった。
彼は、顔のやりばを失って、俯向《うつむ》いた。しばらくしてから顔を上げると、洗い髪の女は、また、団扇の下から、悪戯《いたずら》ッぽく、蠱惑《こわく》な眼を、向けてくる。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
とうとう怺《こら》えきれなくなったらしい。女は、ふきだして、竹婦人《かごまくら》を残して、茶の間の内緒暖簾《ないしよのれん》の蔭へ転《ころ》げこむように、隠れてしまった。
そして、なお無遠慮に、
「アア、お腹《なか》がいたい——」
茶の間で、笑いこけていると、
「いやな、姉さんね」
庄次郎の耳を憚《はばか》って、妹は姉を、叱っていた。
「ご無礼じゃないの、お客様に」
「だって……」
姉の声は、蓮《はす》ッ葉《ぱ》だった。
「中の姉さんに、吩咐《いいつけ》てあげるからいい。お侍様が、怒《おこ》っても、知りませんよ」
「だって、おかしいものは、しかたがないじゃないか。——それも、悪い気で笑ったわけじゃなし……」
「でも、悪くおとりになれば……」
「なったら——なお可愛いじゃないか。……ねえ、喜代《きよ》ちゃん、ここへ来る人で、近頃に、あんな初心《う ぶ》なお侍って、少ないよ。惚《ほ》れてみたくなった」
「また! 姉さんは!」
妹に、打《ぶ》たれたか、抓《つね》られたのであろう。
「痛いッ」
上調子《うわちようし》に云って、よけいに笑いながら、その洗い髪の白い顔が、暖簾《のれん》の裾《すそ》から、無遠慮に、庄次郎の方を覗《のぞ》いたりした。