一
眼ッかちの久六だの、禿安《はげやす》という長脇差《ながわきざし》だの、蟇《がま》の刺青《いれずみ》だの、五人ほどの闘鶏《と り》師《し》が、
「どうしてくれる」
と、土肥家の玄関へ来て、坐り込んだ。
「よくも、お上《かみ》の声を騙《かた》って、賭場銭《とばせん》を攫《さら》やがったな。大盗《おおぬす》ッ人《と》めっ」
禿安が、喚《わめ》くと、
「ここの息子にちげえねえ。あの、丸ッこい野郎を出せっ」
眼ッかちが、尻を捲《まく》って、口ぎたなく罵《ののし》った。
蒼《あお》くなって、中間《ちゆうげん》が、奥へ告げると、八十三郎は提《さ》げ刀《がたな》で、つかつか出て来た。
五つの頭を、上から睨《ね》めつけて、
「強請《ゆすり》に来たかっ」
「何だと」
久六は、股《もも》をたたいて、
「強請たあなんだ。うぬの屋敷こそ、一ツ橋家の近習番とか、なんとか、世間ていはいいが、大騙《おおかた》りの盗《ぬす》ッ人《と》武士だっ」
「な、なにをもって、左様な無礼を云うか。ただは、おかんぞっ」
「面白れえ」
蟇《がま》が、もろ肌を脱いで、守宮《やもり》のように、玄関へ寝た。
「どうにでもしろッ、やいっ、斬るなら斬れ。骨拾いは、百人が二百人でも、後詰《ごづめ》に、控えているんだ。いまどき、武士《さむらい》面《づら》にびくついて、泣き寝入りをするような、半間《はんま》な長脇差は江戸にゃあいねえぞっ」
口をあわせて、禿安が、
「てへッ、ただはおかんと、すさまじいや、汝《てめえ》の屋敷じゃあ、賭場あらしをして、金を蓄《た》めたか」
八十三郎は、蒼白になった。
「証拠でもあって申すか」
「おおっ、これを見ろ」
と、眼ッかちが、あの後で、山で見つけた錆《さび》十手を出して云った。
「土肥と彫ってある十手が証拠だ。こいつを持って、御用呼ばわりした野郎は、たしかに、庄次郎というここの長男。あいつを出せっ」
「兄は、四、五日前から家に戻らん」
「ぐるになっていやがる。じゃあ、その時の賭場銭をそろえて、土肥半蔵が、手をついて謝《あやま》れ」
「左様なことはできん」
「できねえと。オイ、青蕪《あおかぶ》。じゃあ、これを証拠に、一ツ橋へ行くぞ」
「勝手にいたせ」
「いよいよ、父子《おやこ》共謀《ぐ る》だ。よしっ、もう銭は要らねえ、みんな! 腹癒《はらい》せをしろ」
眼ッかちが、定紋の提灯箱《ちようちんばこ》を下ろして、踏みつぶした。蟇は、寝たまま脚をばたばたさせて、
「闘鶏《と り》師《し》を泣かせて、金を蓄めた屋敷だ。オオ汚《きたね》え、オオ汚え」
襖《ふすま》へ、ペッペッと、唾《つば》を吐きかけた。
「おのれっ!」
八十三郎の手から、鞘《さや》が後ろへ飛んだのと、蟇が、吃驚《びつくり》して、刎《は》ね起きたのと、一緒だった。
「きゃっ——」
背すじを割られた蟇は、火の玉みたいに、炎天へ飛びだした。禿安も、眼ッかちも、追って来る刀を振り向きながら、
「人殺しだあっ——」
「人殺しいっ」
坂道を、転《ころ》げるように、逃げて行った。